BtoBブランディングとBtoCの違いとは?本質から理解する企業ブランド構築の考え方
Why BtoB Companies Need Branding
「うちはBtoBだから必要ない」はもう古い。
選ばれ続けるためのBtoBブランディング
製品の機能や価格だけで決まる時代は終わりました。グローバル企業が実践する、学術的知見に基づいた「ブランド資産」の構築方法を解説します。
「ブランディング」と「マーケティング」は混同されがちですが、目的も時間軸も異なります。本記事では、BtoB特有の意思決定プロセスを踏まえ、なぜ今ブランディングが経営戦略として不可欠なのかを紐解きます。
主な参考文献・知見
- 著者/出典:Le, T.D., et al. (2011) / Kotler, P. & Pfoertsch, W. (2006)
- 論文名:"B2B Branding: A Financial Burden for Shareholders?" / "B2B Brand Management"
- 研究機関:Ehrenberg-Bass Institute for Marketing Science 等
そもそも「ブランディング」とは何か?
ブランディング
時間軸:長期的(数年〜10年)
「この企業は何者か」を定義し、顧客の心に独自のポジションを築く「土台作り」です。
- 信頼とイメージの構築
- あらゆるステークホルダーが対象
- ブランド認知・ロイヤルティを指標に
マーケティング
時間軸:短期的(数ヶ月〜1年)
「どうやって売るか」を追求し、具体的な売上やリード獲得を目指す「戦術」です。
- 顧客獲得・売上向上
- 主にターゲット顧客が対象
- 成約率・ROI・リード数を指標に
BtoBブランディングの7つの特徴
① 複数の対象者
購買担当、技術者、経営層。それぞれに異なる響くメッセージが必要です。
② 長い意思決定
初期段階で「候補リスト」に入ることが最重要。認知がなければ土俵に立てません。
③ 信頼性重視
憧れよりも「この会社なら将来も安心」という確実性がアイデンティティの核です。
④ 情緒的価値の役割
論理が6〜7割ですが、最後の「安心感」という感情が3〜4割の決定打になります。
⑤ 人がブランドを作る
営業やサポートの振る舞いそのものが、最も強いブランド体験になります。
⑥ 理知的メッセージ
直感的なインパクトより、データと実績に裏打ちされた論理的な訴求を。
認知されていない
= 存在しない
「知られていない」はBtoB最大の弱点
どれだけ素晴らしい技術があっても、顧客の「候補リスト」に入らなければ検討すらされません。認知はブランディングの「絶対的な前提条件」です。
Step 1
純粋想起
〇〇といえばこの会社!
Step 2
助成想起
名前を見れば知っている
成功への6ステップ
Step 1: 存在意義の定義
「何のために存在し、何を約束するか」を明確にします。
Step 2: ポジショニング
競合がいない「独自の立ち位置」を決定します。
Step 3: ターゲット別体験設計
経営層・現場それぞれに適したメッセージを設計します。
Step 4: 認知拡大とイメージ形成
「知ってもらう」と「正しく伝わる」を同時に行います。
Step 5: 社内への浸透
社員一人ひとりがブランドの体現者になるよう教育します。
BtoBブランディング 3つの原則
認知とイメージは両輪
「ただ有名なだけ」でも「中身だけ」でも不十分。一貫したメッセージでの露出が不可欠です。
情緒的価値が決定打
機能の差がなくなれば、最後は「信頼できるか」「ビジョンに共感できるか」で選ばれます。
10年先への投資
目先の売上のためのマーケティングに対し、ブランディングは将来の資産を作る投資です。
「うちはBtoB企業だから、ブランディングなんて必要ない」
そう考える経営者や担当者は少なくありません。確かに、BtoB企業の多くは製品の機能や価格といった合理的な要素で評価されると考えられてきました。しかし、それは本当でしょうか?
実は、グローバルでは多くのBtoB企業が積極的にブランディングに取り組み、高いブランド価値を確立しています。Intel、IBM、SAP、Salesforce──これらはすべてBtoB企業ですが、強固なブランドを構築し、競合との明確な差別化を実現しています。
本記事では、ブランディングの本質的な定義から出発し、BtoBとBtoCのブランディングがどう異なるのか、そしてなぜBtoB企業こそブランディングに取り組むべきなのかを、学術的な知見も交えながら解説します。
注意:本記事では「ブランディング」と「マーケティング」を明確に区別して解説します。両者はしばしば混同されますが、目的も時間軸も異なる概念です。
そもそも「ブランディング」とは何か?
BtoBとBtoCの違いを論じる前に、まず「ブランディング」の本質を理解しましょう。
ブランディングの定義
ブランディングとは、ステークホルダーの心の中に、企業や製品に対する特定の認識・イメージ・連想を形成し、長期的なブランド資産(ブランドエクイティ)を構築する活動です。
もう少し具体的に言えば:
- 「この企業は何者か」を定義する
- 「この企業は何を大切にしているか」を明確にする
- 「この企業らしさ」を一貫して体現する
- ステークホルダーの記憶の中に独自のポジションを確立する
ブランディングとマーケティングの違い
多くの人が混同しがちですが、両者は明確に異なります。
| 比較項目 | ブランディング | マーケティング |
|---|---|---|
| 目的 | ブランド資産の構築、認識・イメージの形成 | 顧客獲得、売上向上 |
| 焦点 | 「この企業/製品は何者か」を定義 | 「どうやって売るか」の戦術 |
| 成果指標 | ブランド認知度、ブランド連想、知覚品質、ブランドロイヤルティ | リード獲得、成約率、売上、ROI |
| 時間軸 | 長期的(数年〜10年単位) | 短中期的(数ヶ月〜1年単位) |
| 対象 | あらゆるステークホルダー | 主に顧客(見込み客と既存客) |
例えば:
- ブランディング:「当社は環境技術のパイオニアである」というイメージを確立する
- マーケティング:その製品を具体的にどう販売促進し、顧客を獲得するか
ブランディングは土台であり、マーケティングはその上に構築される戦術です。強いブランドがあれば、マーケティング活動の効率が高まります。
ブランド資産(ブランドエクイティ)とは
マーケティング学者デビッド・アーカーは、ブランド資産を以下の5つの要素で定義しています:
- ブランド認知:名前を知っている、思い出せる
- 知覚品質:品質が高いと感じる(実際の品質とは異なる)
- ブランド連想:その企業/製品から想起される特定のイメージ
- ブランドロイヤルティ:繰り返し選ばれる、推奨される
- その他の資産:特許、流通チャネルなど
この中でブランド認知は最も基礎的な要素です。なぜなら、知られていなければ、その他の資産はすべて無意味だからです。どれだけ優れた品質でも、素晴らしいイメージを持っていても、認知されていなければ選択肢に入りません。
BtoBブランディングも、これらの資産を体系的に構築していく活動ですが、まず認知されることが大前提となります。
BtoBブランディングとBtoCブランディングの本質的な7つの違い
では、BtoBとBtoCでは、ブランディングのアプローチがどう異なるのでしょうか。
違い①:ブランド体験の対象者
| BtoB | BtoC |
|---|---|
| 企業内の複数の役割(購買担当、技術責任者、経営層など)にそれぞれ異なるブランド体験を提供 | 個人消費者(場合によっては家族)に統一されたブランド体験を提供 |
BtoBの特徴:
購買担当者は「機能と価格」を、技術責任者は「技術的信頼性」を、経営層は「戦略的パートナーシップの可能性」を求めています。それぞれに対して適切なブランドメッセージとタッチポイントを設計する必要があります。
ただし、全ての担当者に共通するのは、まず企業を認知していることです。認知されていなければ、検討候補リストにすら入りません。
違い②:意思決定プロセスとブランドの役割
| BtoB | BtoC |
|---|---|
| 長期的(数ヶ月〜数年)、複数人の関与、段階的な信頼構築 | 短期的(即時〜数週間)、個人判断、瞬間的な魅力 |
BtoBにおけるブランドの役割:
- 初期段階で「候補リスト」に入る(メンタル・アベイラビリティ)← ここで認知されていなければ終了
- 検討段階で「信頼できる選択肢」として認識される
- 決裁段階で「リスクの低い選択」と判断される
- 導入後も「正しい選択だった」と確信させる
Ehrenberg-Bass Institute for Marketing Scienceの研究によれば、BtoB市場でもBtoC同様にメンタル・アベイラビリティ(想起されやすさ)が重要です。そして、想起されるためには、まず知られていることが絶対条件です。
BtoBの購買プロセスの現実:
課題認識 → 情報収集(← ここで認知されていなければ、その後のプロセスは存在しない)→ 候補選定(3-5社程度)→ 詳細評価 → 意思決定
違い③:ブランドアイデンティティの構成要素
BtoBブランディングが重視する要素:
- 信頼性・安定性:「この企業は長期的に存続し、約束を守る」
- 専門性・技術力:「この領域において最高水準の知見を持つ」
- 実績・証拠:「多くの企業が成果を出している」
- パートナーシップ志向:「共に成長できる関係を築ける」
- ビジョン・理念:「この企業が目指す未来に共感できる」
BtoCブランディングが重視する要素:
- 感情的共鳴:「このブランドが好き」「憧れる」
- ライフスタイル適合:「自分らしさを表現できる」
- 体験価値:「使っていて楽しい」「心地よい」
- パーソナリティ:「このブランドは○○な性格」
ただし、どれだけ明確なアイデンティティを持っていても、ターゲット市場に知られていなければ意味がありません。
違い④:ブランド価値の訴求バランス
学術研究(Le et al., 2011)では、長らく「BtoB市場ではブランドの情緒的価値が効果がない」という固定観念がありましたが、これは誤りであることが明らかになっています。
正しい理解:
| BtoB | BtoC |
|---|---|
| 機能的価値(60-70%)+ 情緒的価値(30-40%) | 情緒的価値(70-80%)+ 機能的価値(20-30%) |
- 機能的価値:スペック、性能、ROI、効率性など
- 情緒的価値:安心感、信頼感、ビジョンへの共感、誇りなど
BtoBでは機能的価値が前提条件ですが、最終的な意思決定には情緒的価値が大きく影響します。「この会社となら安心して仕事ができる」という感覚は、極めて重要な判断基準です。
違い⑤:ブランド体験を提供するタッチポイント
BtoBの主要タッチポイント:
- 企業Webサイト(詳細な情報提供)
- 営業担当者との対話
- 展示会・カンファレンス
- 導入事例・顧客の声
- 技術ドキュメント・仕様書
- カスタマーサポートの対応
- 契約後の継続的な関係
BtoCの主要タッチポイント:
- マスメディア広告(TV、雑誌)
- SNS・デジタル広告
- 店頭体験
- 製品パッケージ
- ブランドサイト(感性的な表現)
- インフルエンサー
BtoBでは人的接触が重要なブランド体験となります。営業担当者やサポート担当者の振る舞いが、ブランドイメージを直接的に形成します。
重要:しかし、これらのタッチポイントでブランド体験を提供できるのは、相手が自社を認知している場合のみです。営業訪問も展示会も、「聞いたことがない企業」では効果が大幅に低下します。
違い⑥:ブランドメッセージの伝え方
BtoB:
- 論理と感情の両立:データや実績で論理的に説得しつつ、ビジョンで感情に訴える
- 継続的・一貫的な情報発信:長い検討期間を通じて、一貫したメッセージを届ける
- 深い専門性の提示:表面的でない、本質的な知見の共有
- 具体性と証拠:抽象的な主張ではなく、具体的な成果の提示
BtoC:
- 感性への訴求:直感的に「いいな」と思わせる表現
- 瞬間的なインパクト:短時間で心を掴むクリエイティブ
- ストーリーテリング:感情を動かす物語
- ビジュアル重視:言葉よりも視覚的な印象
違い⑦:ブランド構築の時間軸と評価指標
BtoB:
- 時間軸:5年〜10年以上の長期的な取り組み
- 評価指標:
- 認知率:業界内でどれだけ知られているか(最重要基礎指標)
- 第一想起率:「○○といえば?」で最初に思い出される割合
- 知覚品質:「技術力が高い」「信頼できる」と感じる割合
- 検討候補への選出率:実際に比較検討される割合
- ブランドプレミアム:価格決定力
BtoC:
- 時間軸:3年〜5年
- 評価指標:
- 認知率
- ブランド好意度
- 購入意向
- NPS(Net Promoter Score)
- ソーシャルメディアでの言及
認知率の重要性:
両者に共通して、認知率は最も基礎的な指標です。特にBtoBでは、限られたターゲット市場内での認知率が、ビジネス機会に直結します。
認知度向上とブランディングの関係
ここで重要なポイントを明確にしておきます。
認知は絶対的な前提条件
認知されていない = 選択肢に入らない = 取引の可能性ゼロ
これは動かしがたい事実です。どれだけ優れた製品、明確なブランドアイデンティティ、素晴らしい企業理念を持っていても、ターゲット市場に知られていなければ、すべて無意味です。
ただし、「どう知られるか」が決定的
認知度向上において重要なのは:
| 単なる認知度向上 | ブランディングを伴う認知度向上 |
|---|---|
| とにかく名前を露出 | 「何者か」を明確に伝えながら露出 |
| メッセージがバラバラ | 一貫したメッセージで露出 |
| 「聞いたことがある」レベル | 「○○の会社だ」と理解される |
認知の質の違い:
- 純粋想起:「何も見ずに思い出せる」← 最も価値が高い
- 助成想起:「リストを見れば思い出せる」
- 名前認知:「聞いたことがある」← ここまでは最低限必要
- カテゴリー認識:「何の企業か理解している」← ブランディングの成果
- 価値認識:「どんな価値を提供するか知っている」← さらに上位
- 差別化認識:「なぜ優れているのか説明できる」← 理想的な状態
企業の段階別:認知度向上の優先度
新規参入・低認知の企業(認知率0-30%):
認知度向上 80% : ブランドイメージ明確化 20%
最優先事項:まず存在を知ってもらう
ただし:最低限のメッセージの一貫性は必須
中堅企業(認知率30-60%):
認知度向上 50% : ブランドイメージ明確化 50%
目標:認知拡大と同時に「何の会社か」の理解を深める
既に認知されている企業(認知率60%以上):
認知度維持 30% : ブランドイメージ刷新 70%
焦点:認知の質を高める、認識を変える
BtoB企業こそブランディングに取り組むべき5つの理由
理由①:コモディティ化の中で「選ばれる理由」を作る
多くの市場で技術の標準化が進み、機能面での差別化が困難になっています。
従来の競争:技術力 > 機能 > 価格で勝負
現在の競争:機能が同質化 → ブランド資産が差別化要因に
強いブランドを持つ企業は、同じ機能でも知覚品質が高く評価されます。「あの会社の製品なら間違いない」という認識そのものが、競争優位性となるのです。
ただし、この認識を形成する前に、まず知られている必要があります。認知されていなければ、知覚品質もブランド連想も形成されません。
理由②:意思決定における「リスク低減」の役割
BtoB取引は高額で長期的な契約が多く、失敗すると大きな損失につながります。そのため、意思決定者は「リスクを避けたい」という心理が強く働きます。
強いブランドは「安全な選択」のシグナルとなります:
- 「誰もが知っている企業なら、失敗しても責められない」
- 「実績のある企業なら、期待を裏切らないだろう」
- 「業界で評価されている企業なら、技術的に信頼できる」
これは、BtoBにおける情緒的価値の最も重要な側面です。
しかし、「誰もが知っている」という状態を作るには、積極的な認知度向上施策が不可欠です。
理由③:複数の意思決定者への同時的な影響
BtoB取引では平均6.8人が購買に関与します。それぞれが異なる専門性と判断基準を持っています。
ブランドの力:
- 購買担当者:「聞いたことがある企業だ」(認知)
- 技術責任者:「技術的に信頼できる企業として知られている」(知覚品質)
- 経営層:「業界をリードする企業だ」(ブランド連想)
強いブランドがあれば、それぞれのステークホルダーに対して、個別に説得する負担が軽減されます。ブランドそのものが「共通言語」となり、意思決定を円滑にします。
前提として:この「共通言語」が機能するのは、全員が企業を認知している場合のみです。
理由④:長期的な関係構築の基盤
BtoB取引は一度きりではなく、長期的な関係が前提です。
ブランドの役割:
- 初期段階:「この企業を検討してみよう」(候補リスト入り)← 認知が前提
- 検討段階:「この企業なら信頼できそうだ」(評価)
- 導入段階:「正しい選択をした」(確信)
- 継続段階:「この企業とパートナーでいたい」(ロイヤルティ)
一貫したブランド体験を提供し続けることで、顧客生涯価値(LTV)が最大化されます。
理由⑤:優秀な人材の獲得と定着
ブランディングは顧客だけでなく、採用市場でも効果を発揮します。
BtoB企業は一般消費者への露出が少ないため、就職活動生から「知らない企業」と見なされがちです。強いブランドを構築することで:
- 認知度向上:「聞いたことがある企業」として候補に入る← ここが最初の関門
- 魅力の可視化:「こんな意義のある仕事ができるのか」と理解される
- 誇りの醸成:従業員が「この企業で働いている」ことに誇りを持つ(インナーブランディング)
結果として、採用コストの削減と離職率の低下につながります。
採用市場でも:学生や転職者に認知されていなければ、応募すらされません。特に優秀な人材ほど、「聞いたことがない企業」には慎重になります。
BtoBブランディングの進め方【6つのステップ】
では、実際にどうBtoBブランディングを進めればよいのでしょうか。
ステップ1:ブランドアイデンティティの明確化
まず、「自社は何者か」を定義します。
問うべき質問:
- 当社の存在意義は何か?(パーパス)
- 当社が大切にする価値観は何か?(バリュー)
- 当社が目指す未来は何か?(ビジョン)
- 当社が顧客に約束する価値は何か?(ブランドプロミス)
- 当社の個性・性格は何か?(ブランドパーソナリティ)
重要なポイント:
これは経営陣だけで決めるのではなく、従業員を巻き込んで議論することが重要です。BtoCとは違い、BtoB企業では社外で自社情報を見る機会が少なく、社内でも「自分たちが何者か」の認識が異なるケースがあります。
実務的なバランス:
- 完璧なアイデンティティができるまで待つ必要はない
- 最低限の方向性が定まったら、露出を開始しながら磨いていく
- 認知がなければ、どれだけ明確なアイデンティティも意味がない
ステップ2:市場でのポジショニング設定
次に、市場の中でどのような立ち位置を確立するかを決めます。
分析すべき要素:
- 競合企業はどのようなブランドイメージを持っているか?
- 市場には「未充足のポジション」があるか?
- 自社の強みを最も活かせるポジションはどこか?
例:
- 「環境技術のパイオニア」
- 「中小企業に寄り添うパートナー」
- 「業界最高水準の技術力」
- 「イノベーションを推進するチャレンジャー」
ステップ3:ターゲット別のブランド体験設計
BtoBでは複数の意思決定者がいるため、それぞれに適したブランド体験を設計します。
例:
- 購買担当者向け:ROIの明確化、導入の容易さ、コスト効率
- 技術責任者向け:技術的詳細、互換性、セキュリティ
- 経営層向け:戦略的価値、ビジョンの共鳴、長期的パートナーシップ
各ターゲットが接触するタッチポイントで、一貫したブランドメッセージを異なる形で伝えます。
ステップ4:認知度向上とブランドイメージ形成の両輪
ここが最も重要なステップです。認知度向上とブランドイメージ形成は、対立するものではなく両輪です。
認知度向上施策(特に重要):
デジタル施策:
- SEO対策:検索時に見つけてもらえるようにする
- リスティング広告:課題検索時に表示される
- コンテンツマーケティング:専門知識を発信し、認知と理解を同時に獲得
- SNS(LinkedIn等):業界内での露出を増やす
オフライン施策:
- 展示会出展:業界内での認知度を一気に高める
- セミナー・ウェビナー:専門性を示しながら認知を獲得
- 業界メディアへの寄稿:第三者からの信頼性と認知の両方を得る
- 広告(業界誌、タクシー広告等):ターゲット層への露出
重要な原則:
- 単に名前を露出するのではなく、「何の会社か」を明確に伝える
- すべての施策でメッセージを一貫させる
- 「営業支援クラウドNo.1」「製造業向けITソリューション」など、明確なカテゴリーと訴求点を
企業段階別の優先度:
新規参入企業の場合:
まず認知度を上げる(80%)→ その過程で一貫したメッセージを伝える(20%)→ 認知と理解を同時に獲得
中堅企業の場合:
認知度拡大(50%)+ ブランドイメージ明確化(50%)→ 「知っている」から「○○の会社だと理解している」へ
ステップ5:ブランドタッチポイントでの一貫した体現
ブランドアイデンティティを、あらゆるタッチポイントで一貫して体現します。
主要タッチポイント:
- Webサイト:デザイン、トーン、提供する情報の深さ
- 営業プロセス:営業担当者の振る舞い、提案資料のクオリティ
- 顧客対応:サポートの質、問題解決のスピード
- 展示会・イベント:ブース設計、スタッフの対応
- 契約書・請求書:細部に至るまでのブランド体験
- 製品そのもの:品質、使いやすさ、デザイン
重要:特に営業担当者やカスタマーサポートなど、人的接触がブランド体験の中核となります。インナーブランディング(社内浸透)が極めて重要です。
ただし:これらのタッチポイントでの体験が意味を持つのは、相手が自社を認知している場合のみです。知らない企業からの営業は「飛び込み営業」、知っている企業からは「期待される訪問」となります。
ステップ6:長期的なブランド資産の測定と強化
ブランド資産を定期的に測定し、強化していきます。
測定指標:
①認知関連(最重要基礎指標):
- 認知率:ターゲット市場内での認知度
- 第一想起率:「○○といえば?」で最初に思い出される率
- 純粋想起率:何も見ずに企業名を思い出せる率
②理解・イメージ関連:
- カテゴリー理解度:「何の会社か」を正しく説明できる割合
- ブランド連想:どのようなイメージを持たれているか
- 知覚品質:「品質が高い」「信頼できる」と感じる割合
③ビジネス成果関連:
- 検討候補選出率:実際の購買検討時に候補に入る割合
- 推奨意向:顧客が他社に推奨する意向
- ブランドプレミアム:価格決定力
重要な認識:
これらの指標は階層構造になっています。
認知されている → 理解されている(何の会社か分かる)→ 評価されている(良いイメージを持たれている)→ 選ばれている(実際に取引される)
最下層の「認知」がなければ、上位の指標はすべて意味を持ちません。
これらは短期的に改善するものではありません。3年、5年、10年というスパンで継続的に取り組み、測定し、改善していくことが必要です。
BtoBブランディング成功の4つのポイント
ポイント①:認知度向上とブランドイメージ形成を両輪で進める
最も重要な原則:
- ❌「まず完璧なブランドアイデンティティを作ってから露出」ではない
- ❌「とりあえず認知度だけ上げる」でもない
- ⭕「一貫したメッセージで認知度を上げながら、ブランドイメージを形成する」
実務的なアプローチ:
- 最低限のブランドの方向性を決める(1-2ヶ月)
- その方向性で露出を開始(認知度向上施策)
- 反応を見ながらブランドを磨く
- ブランドが明確になるにつれ、露出の質を高める
- 継続的に両方に投資し続ける
段階別バランス:
- 0-2年目:認知度向上70% + ブランド明確化30%
- 3-5年目:認知度向上50% + ブランド深化50%
- 6年目以降:認知度維持30% + ブランド刷新・強化70%
ポイント②:機能的価値を前提に、情緒的価値で差別化する
BtoBだからといって、情緒的価値を軽視してはいけません。
- まず、機能的な要件を満たすことは前提条件
- そのうえで、「なぜこの企業を選ぶのか」という情緒的な理由を提供する
- 信頼感、安心感、ビジョンへの共感が最終決定を左右する
ポイント③:全社員がブランドの体現者であると認識する
BtoCでは広告が主なブランド形成手段ですが、BtoBでは人的接触が最も重要なブランド体験です。
- 経営層のビジョン発信
- 営業担当者の誠実な対応
- エンジニアの技術的な信頼性
- サポート担当の迅速な問題解決
これらすべてが「ブランド体験」です。インナーブランディングに十分なリソースを投じましょう。
ただし:社員が素晴らしいブランド体験を提供できる準備をしても、顧客が企業を認知していなければ、その価値は半減します。認知があってこそ、人的接触の価値が最大化されます。
ポイント④:短期的な成果を求めず、長期的視点で取り組む
ブランド資産の構築には時間がかかります。
- 1年目:社内でのブランド理解と浸透、初期認知の獲得
- 2-3年目:市場での認知度向上、ブランド理解の拡大
- 4-5年目:ブランド連想の形成、第一想起の確立
- 5年以上:ブランドロイヤルティの確立、プレミアム価格の実現
短期的な売上向上を目的とするなら、それはマーケティング施策です。ブランディングは、10年後も選ばれ続ける企業になるための投資だと理解しましょう。
まとめ:BtoB企業こそ、認知度向上とブランド資産の両方に投資を
本記事では、ブランディングの本質を明確にしたうえで、BtoBとBtoCのブランディングの違いを解説しました。
BtoBブランディングの特徴:
- 複数の意思決定者に対する段階的な信頼構築
- 機能的価値(60-70%)と情緒的価値(30-40%)のバランス
- 人的接触を中心としたブランド体験の提供
- 長期的な関係を前提としたブランド資産の蓄積
- 認知度向上とブランドイメージ形成の両輪での取り組み
BtoB企業にブランディングが必要な理由:
- コモディティ化の中での差別化
- 意思決定におけるリスク低減の役割
- 複数の意思決定者への同時的な影響
- 長期的な関係構築の基盤
- 優秀な人材の獲得と定着
最も重要なポイント:
- 知られていなければ、すべてが始まらない
- 認知度向上とブランドイメージ形成は対立ではなく両輪
- 完璧なブランド戦略を待たず、最低限の方向性で露出を開始
- ただし、メッセージの一貫性だけは守る
- 5年〜10年以上の長期的な視点で取り組む
重要なのは、ブランディングとマーケティングを混同しないことです。
- マーケティングは「今月・今期の売上」のための戦術
- ブランディングは「10年後も選ばれ続ける」ための投資
BtoB企業こそ、長期的な視点で認知度向上に積極的に投資し、同時に一貫したブランド体験を提供することで、価格競争に巻き込まれず、顧客・従業員・パートナーから選ばれ続ける企業になることができます。
今日からできる第一歩:
- 自社のターゲット市場での認知率を把握する
- 「○○の会社」と一言で説明できるメッセージを決める
- そのメッセージで、認知度向上施策を開始する
- すべてのタッチポイントでメッセージを一貫させる
- 3年後、5年後の認知率目標を設定する
あなたの企業は、どのようなブランドとして記憶されたいですか?その問いから、ブランディングの旅を始めてみてください。
参考文献
- Kotler, P. & Pfoertsch, W. (2006). B2B Brand Management. Springer.
- 日経リサーチ「BtoB企業のブランディング施策調査」
- Ehrenberg-Bass Institute for Marketing Science "How B2B Brands Grow"
- Le, T.D., et al. (2011). "B2B Branding: A Financial Burden for Shareholders?", Industrial Marketing Management