B2B購買に「感情」が決定的な影響を与える理由 - 最新研究が示す実践戦略

B2B購買に「感情」が決定的な影響を与える理由

合理的と思われていたビジネス取引の裏側で、実は「感情」が決定的な役割を果たしている

論文情報

  • タイトル: "The Importance of Affect in the Purchasing Behavior of Business to Business"
  • 著者: Anna Szwajlik
  • 掲載誌: European Research Studies Journal
  • 発表年: 2024年

なぜB2B購買に「感情」が重要なのか

従来、ビジネス間取引(B2B)における購買行動は、論理的で合理的なプロセスとして捉えられてきました。コスト、機能、ROI(投資対効果)といった数値で測定可能な要素が意思決定を左右すると考えられていたのです。

しかし、Anna Szwajlik氏の最新研究は、この常識に重要な視点を加えます。B2B購買の現場では、意思決定者の「感情(Affect)」が予想以上に大きな影響を与えているのです。特に日本市場では、長期的な関係性や信頼を重視する文化があるため、この感情的要素はさらに重要な意味を持ちます。

核心となる概念の理解

1. Affect(アフェクト/感情)

定義

心理学における「Affect」は、感情や気分を含む広範な感情的体験を指します。単なる一時的な感情ではなく、意思決定に影響を与える持続的な感情状態も含みます。

B2Bでの意味

取引先企業への信頼感、営業担当者への好意、ブランドに対する安心感など、数値化しにくいが購買判断に深く関わる感情的要素のことです。

実務への応用

  • 顧客との接点すべてで感情を意識する: メール一通、電話対応一つが、相手の「感情アカウント」に積み立てられていると考える
  • 数字だけで説明しない: 提案書にストーリーや事例を盛り込み、相手が感情的に共感できる要素を加える
  • 継続的な関係構築: 一度の取引で終わらせず、定期的なコミュニケーションで信頼の「感情的基盤」を築く

2. Buying Center(購買センター/意思決定ユニット)

定義

組織の購買決定に関わる複数の役割を持つ人々のグループ。1972年のWebsterとWindの研究で提唱された重要概念です。

構成メンバー

  • 使用者(User): 実際に製品・サービスを使う現場担当者
  • 影響者(Influencer): 技術的評価や仕様を決める専門家
  • 購買者(Buyer): 契約交渉や発注を担当する調達部門
  • 意思決定者(Decider): 最終承認権を持つ経営層
  • 門番(Gatekeeper): 情報の流れをコントロールする役割

日本市場での実践ポイント

  • 各メンバーの感情ニーズを理解する: 使用者は「使いやすさへの安心」、決裁者は「リスク回避への安心」を求めるなど、役割ごとに異なる感情的ニーズがある
  • 合意形成プロセスを尊重する: 日本企業では「根回し」が重要。各メンバーが感情的に納得するまで時間をかける
  • 全員との関係構築: 決裁者だけでなく、現場の使用者や影響者との信頼関係も構築する

3. Negative Valence Emotions(ネガティブ感情)

定義

怒り、不安、恐れ、失望など、不快な感情のこと。研究では特に、これらのネガティブ感情が顧客行動に強い影響を与えることが示されています。

B2Bでの影響

論文では、ブランドへの憎悪(Brand Hate)や報復感情(Retaliation)が、取引関係の終了や否定的な口コミにつながることが指摘されています。

ネガティブ感情への対処戦略

  • 早期発見・早期対応: 小さな不満が蓄積する前に、定期的なフィードバックの機会を設ける
  • 誠実な謝罪と改善: 問題が発生したら、言い訳せず誠実に謝罪し、具体的な改善策を示す
  • 感情的な「負債」の清算: 過去のネガティブな経験を上書きするような、ポジティブな体験を意図的に創出する
  • 透明性の確保: 問題の原因や対処プロセスを可視化し、不信感を払拭する

実務で使える5つの戦略

戦略1: 感情マッピング

顧客の購買プロセス全体を可視化し、各段階で顧客が抱く感情を予測・記録する。不安が高まるポイント、喜びを感じるポイントを特定し、戦略的に対応する。

実践例: 初回商談→提案→見積→契約→導入の各段階で、担当者ごとの感情状態をチェックリスト化する

戦略2: ストーリーテリング営業

製品スペックだけでなく、「同じ課題を抱えていた企業がどう変わったか」という具体的なストーリーを共有。感情的な共感を生み、記憶に残る提案にする。

実践例: 導入企業の担当者の「生の声」を動画やインタビュー形式で提示し、感情的なつながりを作る

戦略3: マルチステークホルダー戦略

購買センターの各メンバーに個別にアプローチし、それぞれの感情的ニーズに応える。現場担当者には「使いやすさの安心」、経営層には「投資価値への確信」を提供する。

実践例: 現場向けデモ、技術者向け詳細資料、経営層向けROI分析を別々に用意し、各層の感情に訴える

戦略4: 感情的リスク軽減

B2B購買では「失敗したら責任を問われる」という不安が大きい。無料トライアル、段階的導入、返金保証などで、この感情的リスクを軽減する。

実践例: 「3ヶ月間の試用期間」「成果が出なければ全額返金」など、顧客の不安を取り除く仕組みを設計

戦略5: 継続的な感情投資

契約後も定期的なコミュニケーションを継続し、顧客との感情的つながりを維持・強化する。これが次回購買やアップセルにつながる。

実践例: 四半期ごとのビジネスレビュー、業界トレンド情報の共有、担当者の異動時の丁寧な引継ぎ

日本企業での実践ケース

ケース1: 製造業A社のSaaS導入プロジェクト

背景

A社の情報システム部門は新システムに懐疑的で、「また失敗するのでは」という不安を抱えていました。

アプローチ

  • 同業他社の成功事例を詳しく共有し、担当者の不安を軽減
  • 3ヶ月の無料トライアルで実際の効果を体感してもらう
  • 現場から「これなら使える」という肯定的な感情を引き出す

結果

全社導入が決定し、3年契約を獲得しました。

ケース2: サービス業B社の長期取引獲得

背景

B社は競合よりも価格が10%高かったにもかかわらず、選ばれました。

決め手

  • 15年の取引実績に基づく「安心感」と「信頼」
  • 過去のトラブル時の迅速な対応実績
  • 定期的な訪問による顔の見える関係

購買担当者の声

「この会社なら何かあっても大丈夫」という感情が、価格差を上回りました。

明日から実践できるアクションプラン

第1週: 現状分析

  1. 既存顧客3社について、購買センターのメンバーをリストアップする
  2. 各メンバーが自社に対して抱いているであろう感情を推測し、記録する
  3. 過去の商談で、感情が決め手になった(または障害になった)ケースを振り返る

第2-3週: 戦略立案

  1. 次回の提案書に、データだけでなく「ストーリー」を1つ加える
  2. 顧客との次回ミーティングで、相手の感情的ニーズ(不安、期待)を直接尋ねる質問を準備する
  3. リスク軽減策(トライアル、保証など)を提案に組み込む

第4週以降: 継続的改善

  1. 毎月、主要顧客との「感情的な関係性」を評価する時間を設ける
  2. チーム内で「今月の感情マッピング成功事例」を共有する
  3. 顧客からのフィードバックを、感情的側面も含めて記録・分析する

論文から学ぶ重要な洞察

Szwajlik氏の研究は、B2B購買が決して「完全に合理的」ではないことを明確にしています。購買センターの各メンバーは、それぞれ異なる感情的背景を持ち、その感情が購買決定に影響を与えます。

特に重要なのは、ネガティブな感情は、ポジティブな感情よりも強く記憶に残り、行動に影響を与えるという点です。一度失った信頼を取り戻すには、最初に信頼を築く以上の努力が必要なのです。

結論: 感情を制する者が、B2B市場を制する

Anna Szwajlik氏の研究が示すように、B2B購買における感情の役割は、もはや無視できません。製品やサービスの機能や価格が重要であることは変わりませんが、それらと同じくらい、あるいはそれ以上に、顧客の感情的体験が購買決定を左右するのです。

日本市場では特に、長期的な信頼関係や「安心感」が重視されます。これは感情的要素そのものです。データと論理で武装しながらも、顧客一人ひとりの感情に寄り添う営業・マーケティングが、これからのB2Bで成功する鍵となるでしょう。

今日から、あなたの顧客の「感情」に目を向けてみませんか?

参考文献

Szwajlik, A. (2024). "The Importance of Affect in the Purchasing Behavior of Business to Business." European Research Studies Journal.

本記事は学術研究に基づく実践的な解説であり、著作権は論文著者および掲載誌に帰属します。