B2Bマーケティングの新潮流: 「売る」から「共に創る」へのパラダイムシフト

Paradigm Shift in B2B Marketing

B2Bマーケティングの新潮流:
「売る」から「共に創る」へのシフト

従来の「モノを売る」一方的な関係から、顧客と共に「新しい価値を共創する」関係へ。 2024年の最新論文が示す、これからのビジネスの勝ち筋を紐解きます。

デジタル化が進み、製品のスペックだけでは差別化が難しい時代。 今、注目されているのが「サービス・ドミナント・ロジック(SDL)」という考え方です。 これは製造業を含むすべてのビジネスを「サービス」と捉え直し、顧客との対話を通じて価値を最大化する戦略です。

Based on Academic Paper

Components of Service-Dominant Logic in B2B Marketing

発表:2024年1月 / 著者:Bordinc, M., Ainscough, T. L., et al.

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「モノ中心」から「共創中心」へ

Goods-Dominant Logic (製品中心)

  • 価値は製品に宿る: 良いものを作れば売れるという発想

  • 一方向の取引: 企業が「生産者」、顧客が「消費者」

  • 取引で完結: 販売した瞬間に価値が移転し、関係が終わる

Service-Dominant Logic (サービス中心)

  • 価値は使用時に生まれる: 顧客が使って初めて「価値」になる

  • 共に創る: 顧客は価値を生み出すための不可欠なパートナー

  • 継続する関係: 導入後のフィードバックが更なる価値を生む

B2BにおけるSDLの3つの柱

企業と顧客の関係性を再定義する、3つの重要なアプローチです。

1. 価値共創

「売る人」から「成功のパートナー」へ。対話を通じて顧客の課題を深く理解し、一緒に解決策を練り上げます。

2. 顧客体験 (CX)

経営層から現場まで。あらゆる接点(商談、導入、サポート)での「心地よさ」と「納得感」を一貫して設計します。

3. エコシステム

自社だけで完結させない。パートナー企業や業界団体と繋がり、ネットワーク全体で顧客を支える仕組みを作ります。

具体例:クラウド会計ソフトの「共創」

「単にソフトを売って終わり」ではなく...

  • 1

    顧客の経理フローを一緒に整理し、ボトルネックを見つける

  • 2

    運用開始後のフィードバックを元に、機能改善や連携を提案

  • 3

    他社の成功事例を共有し、顧客の経営判断を加速させる

価値が生まれる瞬間

ソフトの「購入時」ではなく、
それによって「業務が劇的に楽になった時」

これが価値共創の正体

明日から意識すべき3つの原則

Principle 01

問いを変える

「何をお探しですか?」ではなく「何を解決したいですか?」から始める。 カタログを出す前に、顧客の理想の姿を聴くことから全てが始まります。

Principle 02

組織で向き合う

営業だけでなく、開発もサポートも一丸となって顧客情報を共有する。 全部門が「顧客の成功」という一つのゴールを共有する体制を築きます。

Principle 03

売り切りを捨てる

契約はゴールではなく「共創のスタート」です。 販売後の継続的なフォローと改善提案が、解約を防ぎ、長期的な利益を支えます。

あなたのビジネスは、顧客と「取引」していますか? それとも「共創」していますか?

その違いが、これからの10年の競争力を左右します。

従来のB2Bマーケティングでは、企業が製品やサービスを「提供する側」、顧客が「受け取る側」という一方向的な関係が前提とされてきました。しかしデジタル化が進み、顧客との関係性が複雑化する現代において、この従来型のアプローチは限界を迎えつつあります。

2024年1月に発表された論文「Components of Service-Dominant Logic in B2B Marketing」は、こうした課題に対する新しい理論的枠組みを提示しています。本論文が注目するのは、サービス・ドミナント・ロジック(SDL)という考え方です。この理論は、企業と顧客が共に価値を創造していくプロセスを重視するもので、B2Bマーケティングに革新的な視座をもたらしています。

サービス・ドミナント・ロジック(SDL)とは何か

サービス・ドミナント・ロジック(Service-Dominant Logic)を理解するには、まず従来の考え方との違いを知る必要があります。

従来の考え方:「モノ」中心のロジック

従来のビジネスモデルは「グッズ・ドミナント・ロジック(製品中心の論理)」と呼ばれるものでした。これは次のような特徴があります。

  • 価値は製品に埋め込まれている:企業が工場で製品を作り、その製品自体に価値がある
  • 取引は一方向:企業が作ったものを顧客に販売する
  • 価値は交換時に移転する:お金と製品を交換した時点で取引完了
  • 顧客は受動的な存在:企業が提供したものを受け取るだけ

例えば、オフィス家具メーカーがデスクを製造して販売する場合、「良いデスクを作れば売れる」という発想です。デスクという「モノ」に価値があり、それを顧客に届ければビジネスは完結すると考えます。

新しい考え方:「サービス」中心のロジック

一方、サービス・ドミナント・ロジックは全く異なる視点を提示します。

  • 価値は使用時に生まれる:製品やサービスは、顧客が実際に使って初めて価値を生む
  • 顧客は価値の共創者:企業と顧客が一緒に価値を作り出す
  • 関係性が継続する:販売後も関係が続き、共に価値を高めていく
  • すべてはサービス:製品も含めて、すべては顧客に便益を提供する「サービス」である

同じオフィス家具の例で考えると、SDLでは「デスクそのものではなく、快適な働く環境を提供している」と捉えます。顧客企業がそのデスクをどう配置し、どう使い、どんな働き方を実現するか——その全体のプロセスに企業が関わり、共に最適な職場環境を作り上げていくのです。

なぜ「サービス」なのか

ここで重要なのは、SDLの「サービス」は一般的な「サービス業」とは意味が異なるということです。SDLでいう「サービス」とは、「相手のために何かをすること」「相手の課題解決に貢献すること」という広い意味を持ちます。

つまり、製造業であっても、その本質は「製品を通じて顧客にサービスを提供している」と考えるのがSDLの視点なのです。

SDLの核心:価値共創という考え方

SDLの最も革新的な点は、「価値共創(Value Co-creation)」という概念です。

従来の考え方では、企業が価値を「生産」し、顧客がそれを「消費」すると考えられていました。しかしSDLでは、価値は企業と顧客の相互作用の中で「共に創造される」ものだと捉えます。

具体例で理解する価値共創

B2B向けのクラウド会計ソフトウェアを例に考えてみましょう。

従来の視点では、ソフトウェア会社は「優れた機能を持つ会計ソフトを開発して販売する」ことが仕事です。価値はソフトウェアそのものにあり、販売時に価値が顧客に移転すると考えます。

SDLの視点では、まったく異なるストーリーが展開されます。

  1. 対話から始まる:ソフトウェア会社は顧客企業の経理担当者と対話し、どんな業務課題があるのか、どんな働き方を実現したいのかを深く理解します
  2. 共に解決策を探す:単にソフトウェアを売るのではなく、顧客企業の業務フローに合わせた使い方を一緒に考えます
  3. 継続的な改善:導入後も顧客からのフィードバックを受け、機能改善やカスタマイズを続けます
  4. 価値は使用の中で生まれる:顧客企業がソフトウェアを日々使いこなし、業務効率化や経営判断の迅速化を実現する——その過程で初めて価値が生まれます
  5. 双方が学び合う:顧客の使い方から企業が学び、新機能開発につなげる。その新機能が他の顧客にも価値を生む

このように、価値は「売買の瞬間」ではなく、「使用と関係性の継続の中」で生まれ、育っていくのです。

B2B環境におけるSDLの3つの核心概念

本論文では、SDLの主要な構成要素をB2B環境に適用する際の体系的な分析を行っています。特に重要なのが以下の3つの概念です。

1. 価値共創(Value Co-creation)

企業と顧客が対等なパートナーとして、共に価値を生み出していくプロセスです。

B2B取引では、顧客企業のビジネス課題を深く理解し、共に解決策を模索することで、単なる製品販売を超えた関係性が構築されます。営業担当者は「売る人」ではなく、「顧客の成功を共に実現するパートナー」になります。

たとえば、産業機械メーカーが製造業の顧客に機械を販売する場合、単にカタログ通りの機械を売るのではなく、顧客の生産ラインの課題を分析し、最適な機械の選定から配置、運用方法まで共に考えます。さらに稼働後のデータを共有し、生産性向上のための改善を継続的に行います。

2. 顧客体験(Customer Experience)

顧客体験の重要性は、B2C領域で長らく注目されてきましたが、B2B環境においても同様に重要です。

購買プロセス全体を通じた一貫した体験、担当者とのコミュニケーションの質、問い合わせへの応答速度、納品のスムーズさ、アフターサービスの充実度、請求書のわかりやすさ——あらゆるタッチポイントが顧客体験を形成します。

B2Bでは意思決定に複数の関係者が関わるため、経営層、現場担当者、購買部門など、それぞれの立場に応じた体験設計が必要です。経営層にはROI(投資対効果)を明確に示し、現場担当者には使いやすさや導入のしやすさを、購買部門には契約プロセスの透明性を提供するといった、多層的なアプローチが求められます。

3. サービス・エコシステム(Service Ecosystem)

サービス・エコシステムという概念は、企業と顧客の二者間関係を超え、サプライヤー、パートナー、業界団体、テクノロジープロバイダーなど、多様なステークホルダーが相互に影響し合うネットワークとして市場を捉えます。

例えば、建設業界向けのプロジェクト管理ソフトウェアを提供する企業を考えてみましょう。この企業の価値創造は、顧客である建設会社だけでなく、以下のような多様なプレーヤーとの関係性の中で実現されます。

  • ハードウェアメーカー:タブレットやスマートフォンでソフトウェアが快適に動作する
  • 通信事業者:現場でも安定した通信環境を提供する
  • 業界団体:建設業界の標準規格に準拠する
  • 会計ソフト会社:データ連携により業務全体の効率化を実現する
  • 教育機関:利用方法のトレーニングを提供する

このエコシステム全体で価値が創造されるという視点が、現代のB2Bマーケティングには不可欠です。自社だけでなく、エコシステム全体を最適化することで、より大きな価値を生み出すことができます。

実証研究が示す具体的成果

論文では、B2B家具輸出企業を対象とした実証研究も紹介されています。この研究から明らかになったのは、マーケティング能力と顧客関与の深さがマーケティング成果に直接的な影響を与えるという事実です。

具体的には、市場調査力、セグメンテーション能力、ブランド構築力といったマーケティング能力が高い企業ほど、顧客との深い関係性を築くことができ、その結果として売上や収益性の向上につながることが示されました。

また、顧客を単なる購買者ではなく、製品開発やサービス改善のパートナーとして関与させることで、双方にとっての価値が最大化されることも確認されています。顧客の声を製品改善に活かし、その改善が他の顧客にも価値を生む——この好循環が企業の競争力を高めるのです。

B2B実務への示唆:明日から何を変えるべきか

この研究が示唆するのは、B2Bマーケティング担当者が戦略を根本から再考すべき時期に来ているということです。

1. 顧客との対話を深める

単に製品を説明するのではなく、顧客のビジネス課題を理解し、共に解決策を探る姿勢が求められます。営業担当者は「売る人」から「共創のファシリテーター」へと役割を進化させる必要があります。

初回商談から「何をお探しですか?」ではなく「どんな課題を解決したいですか?」と問いかける。カタログを見せる前に、顧客の現状と目指す姿を深く理解する。このアプローチの転換が価値共創の第一歩です。

2. 組織全体でマーケティング能力を高める

データ分析力、顧客インサイトの発見力、そしてそれらを戦略に落とし込む力を組織的に強化することで、持続的な競争優位が築けます。

顧客との全てのタッチポイントでデータを収集し、そこから顧客の本質的なニーズを読み取る。営業、カスタマーサポート、開発部門が顧客情報を共有し、全社で顧客理解を深める体制を作ることが重要です。

3. エコシステム全体を見渡した戦略を立てる

自社と顧客だけでなく、パートナー企業、技術プロバイダー、業界団体などとの連携を通じて、より大きな価値を創造する視点を持つことが重要になります。

「誰と組めば、顧客により大きな価値を提供できるか?」という問いを常に持ち、戦略的なパートナーシップを構築していくことが求められます。

4. 長期的な関係性を重視する

販売して終わりではなく、販売後も顧客との関係を継続し、共に価値を高めていく仕組みを作ります。定期的なフォローアップ、使用状況の分析、改善提案の提供など、継続的な関与が顧客との絆を深め、長期的な収益につながります。

まとめ:関係性が競争力を生む時代へ

デジタル技術の進化により、製品やサービスの差別化は難しくなっています。同じような機能、同じような価格帯の製品があふれる市場で、何が競争優位を決定づけるのでしょうか。

その答えは「関係性の質」にあります。サービス・ドミナント・ロジックが提示する価値共創の視点は、単なる理論ではなく、B2Bマーケティングの実践を変革する具体的な指針となり得ます。

「Components of Service-Dominant Logic in B2B Marketing」が提示する枠組みは、今後のB2Bマーケティング理論の発展においても重要な基盤となるでしょう。

企業と顧客が共に成長し、共に価値を創造していく——。「売る」から「共に創る」へのパラダイムシフト。そんな新しいB2Bマーケティングの時代が始まっています。

あなたの会社は、顧客と「取引」していますか?それとも「共創」していますか?その違いが、これからの競争力を左右するのです。

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