営業担当者のモチベーションを科学する:自己決定理論が明かすB2B営業の成功法則
Science of Sales Motivation
B2B営業の成果を最大化する
「動機付け」の科学
インセンティブか、やりがいか?2022年の最新メタ分析が解き明かした、営業チームのパフォーマンスを左右する自己決定理論(SDT)の正体。
B2B営業の現場では常に「どうすれば営業チームのパフォーマンスを最大化できるのか」という課題に直面します。 本レポートでは、科学的なデータに基づき、持続可能な高パフォーマンス組織を構築するためのヒントを探ります。
自己決定理論に基づくメタ分析:内発的・外発的動機が営業成果に与える影響
Good, V., Hughes, D. E., Kirca, A. H., & McGrath, S. (2022)
Journal of the Academy of Marketing Science で詳細を見る自己決定理論(SDT)の全体像
内発的動機付け
活動そのものから得られる満足感や喜び。持続性が高く、創造的な問題解決に強い影響を与えます。
- 顧客の課題解決への喜び
- 複雑な商談への知的挑戦
- 自己成長への欲求
外発的動機付け
報酬や評価など外部からの刺激。即効性があり、短期的な定型業務の遂行に効果を発揮します。
- インセンティブ・報酬
- 昇進・社会的ステータス
- 上司からの承認・評価
内発的動機を高める「3つの心理欲求」
自律性
自分で決定し、行動をコントロールしている感覚
有能感
自分の能力を発揮し、成果を出せているという感覚
関係性
他者と繋がり、尊重し合っているという感覚
なぜB2B営業で「内発的動機」が重要なのか?
長期的な関係性
数年単位の信頼構築には、目先の数字以上の「顧客の成功」への情熱が不可欠。
知的ソリューション
複雑な課題解決には自発的な学習と知的好奇心がドライブとなる。
長いリードタイム
受注まで数ヶ月かかる環境では、小さなプロセスに価値を見出す力が必要。
高度な自律性
顧客ごとのカスタマイズには、マニュアルを超えた創造性が求められる。
営業マネジャーが今日からできること
仕事の「意義」を可視化する
単なる数字の報告だけでなく、その受注が顧客にどう貢献したかを共有する。
プロセスの裁量を与える
目標は明確に、ただし手段(アプローチ)については本人に委ねる。
成長を促すコーチング
失敗を責めるのではなく、学習機会として捉える文化を育む。
「インセンティブは強力なガソリンだが、内発的動機というエンジンがなければ、車は長距離を走り続けることはできない。」
持続的な成果を生む「3つの黄金原則」
バランスの取れた報酬設計
金銭的インセンティブ(外発的)に依存しすぎず、非金銭的な成長機会(内発的)を組み合わせる。
自律的な働き方の推奨
マイクロマネジメントを避け、自身の判断で商談を進める「自己決定感」を担保する。
社会・組織的意義の共有
個人が成し遂げている仕事が、どのように世界やチームを良くしているかを言語化し続ける。
B2B営業の現場では、常に「どうすれば営業チームのパフォーマンスを最大化できるのか」という課題に直面します。高額なインセンティブを用意すれば成果が上がるのか、それとも仕事へのやりがいこそが重要なのか。多くのマネジャーが経験則や直感に頼りがちなこの問いに対して、科学的な答えを示してくれる画期的な研究が2022年に発表されました。
研究の概要と重要性
V. Goodらによって『Journal of the Academy of Marketing Science』に掲載されたこのメタ分析は、自己決定理論(Self-Determination Theory: SDT)の枠組みを用いて、営業担当者のパフォーマンスに影響を与える動機付けの要因を包括的に分析したものです。すでに215回以上引用されており、B2B営業管理の分野で大きな影響を与えています。
メタ分析とは、特定のテーマについて過去に実施された複数の研究結果を統計的に統合し、より信頼性の高い結論を導き出す研究手法です。個別の研究では見えてこなかった全体像や傾向を明らかにできるため、実務への応用価値が非常に高いのが特徴です。
自己決定理論(SDT)とは
自己決定理論は、心理学者エドワード・デシとリチャード・ライアンによって提唱された、人間の動機付けとパーソナリティ発達に関する包括的な理論です。この理論は、人間の動機付けを「内発的動機付け」と「外発的動機付け」に分類します。
内発的動機付けは、活動そのものから得られる満足感や喜びによって生まれる動機です。営業の文脈では、顧客の課題解決にやりがいを感じたり、新規開拓の達成感を楽しんだり、複雑な商談をまとめる知的チャレンジに魅力を感じたりすることが該当します。この種の動機付けは、自分自身の内側から湧き上がるものであり、持続性が高いという特徴があります。
外発的動機付けは、報酬や評価など外部からの刺激によって生まれる動機です。コミッションや昇進、表彰制度、上司からの承認などがこれに当たります。外発的動機付けは即効性があり、短期的な行動変容を促すのに効果的ですが、外部刺激がなくなるとモチベーションも低下する可能性があります。
自己決定理論では、人間には「自律性」「有能感」「関係性」という3つの基本的心理欲求があり、これらが満たされることで内発的動機付けが高まるとされています。
メタ分析が明らかにした重要な知見
この研究では、過去の複数の研究結果を統合的に分析することで、内発的動機付けと外発的動機付けがそれぞれ営業パフォーマンスにどのような影響を与えるかを明らかにしました。
研究が示唆する最も重要なポイントは、これら二つの動機付けが営業成果に対して「異なる影響」を及ぼすということです。単純に「どちらが優れている」という話ではなく、それぞれが異なるメカニズムと条件下でパフォーマンスに作用するのです。
例えば、外発的動機付けは短期的な売上目標の達成や定型的な営業活動の遂行には効果的である一方、内発的動機付けは創造的な問題解決や長期的な顧客関係の構築において重要な役割を果たします。また、職務の複雑性や自律性の程度によっても、どちらの動機付けがより効果的かが変わってくることが示唆されています。
さらに重要なのは、外発的動機付けが過度に強調されると、内発的動機付けを損なう「アンダーマイニング効果」が生じる可能性があることです。つまり、報酬に過度に焦点を当てすぎると、本来仕事そのものに感じていたやりがいや楽しさが失われてしまうリスクがあるのです。
B2B営業への示唆
特にB2B環境の営業担当者については、以下のような特徴が考慮されるべきです。
複雑で長期的な関係構築が必要
B2B営業では、単発の取引よりも継続的な関係性が重視されます。顧客企業との信頼関係は一朝一夕には構築できず、時には何年もかけて育てていく必要があります。この文脈では、短期的な報酬だけでなく、顧客との信頼関係構築そのものに価値を見出す内発的動機付けが極めて重要になります。
四半期ごとのノルマ達成だけを追求する営業担当者は、目先の数字のために顧客に不要な商品を押し付けたり、長期的な関係性を犠牲にしたりする可能性があります。一方、顧客の成功を自分のやりがいとして感じられる営業担当者は、真に価値のある提案を行い、結果として長期的な収益に貢献します。
専門知識と問題解決能力が求められる
B2B営業担当者は、顧客のビジネス課題を深く理解し、適切なソリューションを提案する必要があります。製品知識だけでなく、顧客の業界動向、競合状況、組織構造なども把握しなければなりません。
このような知的で複雑な活動は、内発的動機付けによって支えられることが多いでしょう。学習や成長に喜びを感じ、顧客の課題解決に知的好奇心を持てる営業担当者は、自発的に業界研究や製品学習に取り組み、より高度な提案ができるようになります。
成果が出るまでの期間が長い
B2B取引は意思決定プロセスが複雑で、受注までに数ヶ月から数年かかることもあります。複数の意思決定者が関与し、予算承認プロセスも複雑です。この長期戦において、四半期ごとのコミッションだけでモチベーションを維持するのは困難かもしれません。
長期的な商談においては、小さな前進を喜び、プロセス自体に価値を見出せる内発的動機付けが、営業担当者の粘り強さと継続的な努力を支えます。
自律性と創造性が求められる
B2B営業では、顧客ごとにカスタマイズされたアプローチが必要です。マニュアル通りの営業活動では成果が出にくく、状況に応じた柔軟な判断と創造的な提案が求められます。
このような環境では、自律性を重視し、自分なりのアプローチを開発することに喜びを感じる内発的動機付けが、パフォーマンスの差を生み出します。
営業マネジメントへの実践的示唆
この研究から、B2B営業のマネジャーが考えるべきポイントは次の通りです。
バランスの取れた報酬設計
インセンティブ制度は重要ですが、それだけに頼らない報酬設計を検討しましょう。金銭的報酬と非金銭的報酬のバランスが鍵となります。
短期的な売上目標に対するコミッションに加えて、顧客満足度や長期的な関係構築への貢献、チームへの知識共有なども評価基準に含めることで、より多面的な動機付けシステムを構築できます。また、昇進や責任ある役割の付与といった成長機会も、重要な外発的動機付け要因となります。
仕事の意義を明確にする
営業担当者が顧客や社会に対してどのような価値を提供しているのか、その意義を繰り返し伝えることで内発的動機付けを高められます。
単に「売上を上げる」ではなく、「顧客のビジネス成長に貢献する」「業界の課題解決に寄与する」といった、より大きな目的を共有することが重要です。成功事例を社内で共有し、営業担当者の貢献が顧客にどのような影響を与えたかを可視化することも効果的です。
自律性の付与
営業手法やアプローチについて一定の裁量を与えることで、自己決定感を高め、内発的動機付けを促進できます。
細かい行動管理や過度なマイクロマネジメントは、営業担当者の自律性を奪い、内発的動機付けを低下させます。目標は明確にしつつも、そこに至るプロセスについては営業担当者に委ねることで、創造性と主体性を引き出せます。
成長機会の提供
スキル開発やキャリアパスの明確化は、長期的なモチベーション維持に貢献します。
定期的なトレーニング、メンタリングプログラム、業界カンファレンスへの参加機会などを提供することで、営業担当者の成長欲求を満たし、内発的動機付けを高められます。また、明確なキャリアパスを示すことで、長期的な目標を持って働くことができます。
フィードバックとコーチング
建設的なフィードバックは、有能感(自分が能力を持っているという感覚)を高め、内発的動機付けを促進します。
単に数字を指摘するのではなく、営業担当者の強みを認識し、改善点については具体的な成長の道筋を示すコーチングアプローチが効果的です。失敗を責めるのではなく、学習機会として捉える文化を醸成することも重要です。
チーム文化の醸成
関係性の欲求を満たすため、協力的で支援的なチーム文化を作ることも内発的動機付けに寄与します。
個人の成果だけでなく、チームでの知識共有や相互支援を奨励し、営業担当者同士が学び合える環境を整えることで、所属感と内発的動機付けを高められます。
実践における注意点
この研究の知見を実務に活かす際には、いくつかの注意点があります。
まず、内発的動機付けと外発的動機付けは相互排他的ではありません。両方が共存し、相互に影響し合いながら営業担当者のパフォーマンスを形成します。重要なのは、どちらか一方を選ぶのではなく、両者のバランスを取ることです。
また、営業担当者によって動機付けの源泉は異なります。ある人にとっては報酬が最も重要かもしれませんし、別の人にとっては顧客からの感謝の言葉が最大のモチベーションかもしれません。画一的なアプローチではなく、個々の営業担当者を理解し、それぞれに適したマネジメントを行うことが求められます。
さらに、組織文化や業界特性によっても、効果的な動機付けのあり方は変わってきます。自社の状況を踏まえて、この研究の知見を適用することが重要です。
まとめ
B2B営業の成功には、内発的動機付けと外発的動機付けの両方を理解し、適切にマネジメントすることが不可欠です。この研究は、科学的根拠に基づいた営業組織の設計とマネジメントの重要性を示しています。
特にB2B環境では、複雑な意思決定プロセス、長期的な関係構築、高度な専門知識の必要性から、内発的動機付けの役割がより重要になります。同時に、適切に設計された外発的動機付けシステムも、短期的な目標達成や行動の方向付けに不可欠です。
営業担当者一人ひとりが何に動機付けられているのかを理解し、それぞれに適したアプローチを取ることが、チーム全体のパフォーマンス向上につながるでしょう。自己決定理論の視点を取り入れることで、より持続可能で効果的な営業組織を構築できるはずです。
今日から、あなたの営業チームのマネジメントに自己決定理論の考え方を取り入れてみませんか。まずは、営業担当者一人ひとりと対話し、彼らが仕事に何を求めているのか、どのような時にやりがいを感じるのかを理解することから始めてみてください。
参考文献
Good, V., Hughes, D. E., Kirca, A. H., & McGrath, S. (2022). A self-determination theory-based meta-analysis on the differential effects of intrinsic and extrinsic motivation on salesperson performance. Journal of the Academy of Marketing Science, 50, 215-243.
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