「ブランディングの科学」はB2Bに使えないのか? ── バイロン・シャープ率いる研究機関が出した答え

How B2B Brands Grow

「ブランディングの科学」は
B2Bに使えるのか?

バイロン・シャープ率いるEhrenberg-Bass研究所が導き出した、
データに基づくB2B成長の普遍的法則。

「B2Bは特殊だから消費財の理論は当てはまらない」という定説は、もはや過去のものです。 最新の研究により、B2B市場でも「認知」と「リーチ」が成長の鍵であることが証明されました。

REFERENCE PAPER

How B2B Brands Grow

著者:Romaniuk, J., Sharp, B., Dawes, J., & Faghidno, S. (2021)

論文を読む
FINDING 01

95-5ルール:今すぐ買う人は5%しかいない

B2B市場において、任意の時点で製品を検討している「アクティブな買い手」はわずか5%です。残りの95%は将来の顧客です。

広告の本当の役割

「今すぐ買わせる」ためではなく、「将来買うときに思い出してもらう」ための種まきです。

5% 今すぐ
95% 将来の顧客
現在市場にいる(5%) 市場外の潜在層(95%)
FINDING 02

嫌われているのではなく「知らない」だけ

ブランド成長を妨げる最大の壁は「ネガティブイメージ」ではなく「非認知」です。

ブランド拒否率

約10%

「このブランドは絶対使わない」と決めている層

平均的な非認知率

50〜80%

存在すら認識されていない層

→ 「嫌われない努力」より「知られる投資」を優先すべき

FINDING 03

ダブルジョパディの法則

小さいブランドは「顧客が少ない」だけでなく「顧客の忠誠度も低い」という二重の危機に直面します。成長には「新規獲得」が不可欠です。

シェア大
高ロイヤルティ
シェア小
低ロイヤルティ
FINDING 04

競合は「大手」である

顧客が併用したり乗り換えたりするのは、自社に似た小さな競合ではなく、市場シェアの大きい大手ブランドです。

自社
大手競合
FINDING 05

成長を支える2つの「買いやすさ」

メンタル・アベイラビリティ

想起容易性

「特定の購買状況」において、顧客の頭の中に真っ先にブランドが浮かび上がること。

フィジカル・アベイラビリティ

購買容易性

実際に買おうとしたときに、すぐに見つかり、簡単に契約・購入できる状態であること。

B2Bマーケターが実践すべき3つの原則

01. Reach

ターゲティングを絞りすぎず、カテゴリ内のすべての買い手にブランドを届ける。

02. Message

複数の「購買きっかけ(CEP)」とブランドを結びつけるメッセージを発信する。

03. Brand

一貫した独自のブランド資産(ロゴ、色、キャラ等)を使い、記憶への定着を図る。

B2Bでも「ブランディングの科学」は有効です。

データは裏切りません。自信を持ってブランド投資を進めましょう。

バイロン・シャープ教授の『ブランディングの科学(How Brands Grow)』は、2010年の出版以来、マーケティングの世界に革命をもたらしました。12万部以上を売り上げ、10以上の言語に翻訳されたこの本は、多くのマーケターの常識を覆しました。

「ブランドは差別化ではなく独自性で競争する」「ロイヤルティではなく新規顧客獲得が成長の鍵」「ターゲティングよりもリーチが重要」——これらの主張は、データに基づいた実証研究によって裏付けられています。

しかし、B2Bマーケターからはこんな声が聞こえてきます。

  • 「理論は面白いけど、消費財の話でしょ?うちはB2Bだから当てはまらない」
  • 「購買サイクルが長い、意思決定者が複数いる、契約ベース……B2Cとは全然違う」
  • 「B2B向けのエビデンスがないから、上司や経営陣を説得できない」

この不満、実はもう解消されています。

Ehrenberg-Bass研究所×LinkedIn B2B Instituteの共同研究

バイロン・シャープ教授が所長を務めるEhrenberg-Bass研究所は、南オーストラリア大学に拠点を置く世界最大のマーケティング研究機関です。60名以上のマーケティング科学者が在籍し、エビデンスに基づいたマーケティングの発展に貢献しています。

この研究所とLinkedInのB2B Instituteが共同で、B2B市場に特化した大規模研究を実施しました。その成果が『How B2B Brands Grow』というホワイトペーパーです。

研究の著者

  • バイロン・シャープ教授:Ehrenberg-Bass研究所所長。『How Brands Grow』著者。100以上の学術論文を発表。
  • ジェニー・ロマニウク教授:Ehrenberg-Bass研究所副所長(国際担当)。『Building Distinctive Brand Assets』著者。メンタルアベイラビリティ測定の第一人者。
  • ジョン・ドーズ教授:Ehrenberg-Bass研究所副所長(運営担当)。20年以上のマーケティング研究経験。価格プロモーション効果、市場構造分析の専門家。
  • サハル・ファギドノ:元Ehrenberg-Bass研究所マーケティング科学者。メンタルアベイラビリティのブランド選択への影響を研究。

研究の概要

この研究では、以下の2つのB2Bカテゴリを対象に調査を行いました:

カテゴリ 調査対象ブランド数 回答企業数
ビジネスバンキング 英国 22ブランド 609社
ビジネス保険 米国 17ブランド 616社

調査対象者の特徴は以下の通りです:

特徴 英国(%) 米国(%)
男性 62 56
30歳未満 12 15
30-39歳 26 34
40-49歳 25 23
50歳以上 37 28
個人事業主 46 51
単独意思決定者 55 59
創業4年未満 20 21
創業20年以上 32 26

結論から言えば、B2Bでも基本原則は同じでした。消費財で発見された「法則」は、B2B市場でも成り立つことが実証されたのです。

「B2Bは特殊」は本当か?

なぜB2Bマーケターは「自分たちは特殊だ」と考えるのでしょうか。よく挙げられる理由は以下の通りです:

  • 潜在顧客の数が限られている場合がある
  • 購買金額が大きいため、買い手はより深く関与する
  • 構造化された購買サイクルがあり、記憶への依存度が低い
  • 担当者のKPIが調達に関連しており、「正しい」ブランドを選ぶ金銭的動機がある
  • 長期契約が多く、深い関係を構築できる
  • 契約更新時期が事前にわかるため、リテンション施策を計画できる
  • スイッチングバリアやスイッチングコストが高い
  • 購買サイクルが長い

しかし、B2BとB2Cには共通点も多くあります:

  • 多くの場合、顧客には幅広い選択肢がある
  • 意思決定を行うのは人間であり、利用可能なすべての情報を処理する能力には限界がある
  • 買い手はB2Bブランドについて記憶を形成するが、すべての記憶が同じようにアクセスしやすいわけではない
  • 単一の購買決定は、企業(または企業内の個人)が行う総購買のほんの一部に過ぎない
  • 時には新しいものが目に留まり、元のサプライヤーが何も悪いことをしていなくても、試してみようと決めることがある
  • 購買が重要であればあるほど、複数のサプライヤーを使ってリスクを分散したいと考えるかもしれない

B2Bの顧客は、歯磨き粉、車、休暇、チョコレート、ウイスキー、住宅保険を同じ脳で購入しています。購買コンテキストが大きく異なっても、ブランド選択の方法に類似点があっても不思議ではありません。

研究から得られた5つの重要な発見

1. 95-5ルール:今すぐ買う人は5%しかいない

B2B市場では、任意の時点で「今すぐ購入を検討している」買い手は全体の約5%に過ぎません。残りの95%は「今は市場にいない」状態です。

例えば、企業が主要取引銀行や法律事務所などのサービスプロバイダーを変更するのは平均5年に1度です。つまり、年間で市場にいるのは20%、四半期では約5%ということになります。

95-5ルールが広告に意味すること

この事実は、広告の働き方に深い意味を持ちます。広告を見る人の大半が、おそらく1年以上その製品を買わないとしたら、広告が機能する方法は「今すぐ買わせる」ことではありえません。

したがって、広告の主な機能は、買い手の心の中にブランドへの記憶リンクを構築することです。この記憶リンクは、買い手が市場に入ったときに活性化されます。時間をかけて蓄積された広告インプレッションが、私たちの記憶に影響を与えるのです。

「でも今は、購入準備ができている人や組織をターゲティングできる」と思うかもしれません。しかし、この戦術には問題があります。人々は主に検索ではなく記憶を使って購入し、検索するときも馴染みのあるブランドを強く好むのです。

馴染みは、一貫したメッセージングによって時間をかけて構築されます。カテゴリを検索しているときにだけデジタル広告を当てることに集中すると、あなたのブランドは彼らにとって未知の存在になります。そして、あまり知られていないブランドは考慮率が低いことがわかっています。実際、馴染みのないブランドのクリックスルー率は、馴染みのあるブランドよりもかなり低いのです。

これが意味すること:

  • 広告は「今すぐ買わせる」ためではなく、「将来買うときに思い出してもらう」ために機能する
  • 短期的なリード獲得だけに注力すると、95%の潜在顧客を無視することになる
  • ブランド構築は「記憶の中にリンクを作る」長期投資
  • ブランドを成長させるには、今は市場にいない人々に広告を出す必要がある

2. ブランド拒否は思ったより少ない:問題は「嫌われている」ことではなく「知られていない」こと

「うちのブランドは嫌われているから売れない」「ネガティブな評判が購買を阻んでいる」と思っていませんか?

調査結果では、B2Bブランドの拒否率は平均10%程度でした。ビジネスバンキングで11%、ビジネス保険で7%。これはB2C市場(9%)とほぼ同じ水準です。

英国ビジネスバンキング:顧客率と拒否率

銀行 顧客率(%) 拒否率(%)
Barclays 40 10
HSBC 27 10
Lloyds Bank 25 11
NatWest 24 8
Nationwide 20 5
Santander 18 11
Halifax 17 8
Metro Bank 12 11
RBS 12 19
TSB 10 10
平均 12 11

米国ビジネス保険:顧客率と拒否率

保険会社 顧客率(%) 拒否率(%)
State Farm 25 5
Allstate 23 5
Geico 17 9
Progressive 16 8
Hartford 15 5
Nationwide 13 4
Liberty Mutual 13 5
Farmers 12 5
Travelers 11 4
AIG 11 9
平均 10 7

B2BとB2Cの拒否率比較

同じ銀行でB2BとB2Cの拒否率を比較すると、B2Bの方が同等かそれ以下であることがわかります:

銀行 B2B拒否率(%) B2C拒否率(%)
Barclays 10 24
Halifax 8 12
HSBC 10 12
Lloyds Bank 11 14
NatWest 8 15
RBS 19 21
Santander 11 18
平均 11 17

離脱顧客でも拒否率は3分の1以下

では、過去に取引があったが離脱した顧客(ラプスユーザー)はどうでしょうか?確かに拒否率は高くなりますが、それでも3分の2以上は元のブランドを拒否していません。

銀行 離脱顧客の拒否率(%) 未利用者の拒否率(%) 現顧客の拒否率(%)
Barclays 27 14 3
HSBC 36 11 2
Lloyds Bank 33 12 2
NatWest 29 7 4
RBS 50 18 10
Santander 30 12 4
平均 32 11 4

つまり、過去にB2Bブランドを離脱したとしても、そのブランドに対してネガティブな態度を持つとは限らないのです。

拒否率より非認知率の方がはるかに高い

さらに重要なのは、「ブランドを拒否している人」よりも「ブランドを知らない人」の方がはるかに多いという事実です:

銀行 拒否率(%) 非認知率(%) 比率
Barclays 10 16 1.6倍
HSBC 10 17 1.7倍
Lloyds Bank 11 22 2.1倍
Halifax 8 34 4.3倍
Metro Bank 11 53 4.8倍
Yorkshire Bank 7 54 7.4倍
Handelsbanken 11 80 6.9倍
保険会社 拒否率(%) 非認知率(%) 比率
State Farm 5 25 4.7倍
Allstate 5 27 4.9倍
Nationwide 4 36 9.7倍
Humana 7 62 8.5倍
Allianz 7 77 11.5倍
Chubb Corp 7 81 11.6倍

最も有名なB2Bブランドでさえ、積極的に拒否する潜在顧客よりも、ブランドを知らない潜在顧客の方が多いのです。小規模ブランドではその比率は劇的に高くなります。これは、B2Bブランドが小さい原因は多くの潜在顧客が拒否しているからではなく、ほとんどの潜在顧客がそのブランドを知らないからであることを示唆しています。

拒否理由は分散しており、対処困難

では、拒否している人は何が理由で拒否しているのでしょうか?自由回答で理由を聞いたところ、以下のように多岐にわたることがわかりました:

拒否理由 保険(%) バンキング(%)
出自・歴史・企業問題 17 24
価格・価格認識 16 3
過去のネガティブ体験 14 10
サービス問題 14 19
一般的なネガティブコメント 14 11
ネガティブな評判・口コミ 13 11
製品ラインナップの不足 7 4
倫理性の欠如 6 18

拒否理由の具体例(原文のまま):

  • 「ひどい顧客サービスと地方でのサポート不足」(英国バンキング)
  • 「過去の南アフリカのアパルトヘイト体制への支援を覚えている」(英国バンキング)
  • 「高すぎる。理由なく、説明なしにランダムにポリシー条件を変更し、料金を引き上げる」(米国保険)
  • 「MSNBCのスポンサーで、民主党予備選で唯一のアジア系候補者をブラックアウトして人種差別を支持したと感じた」(米国保険)
  • 「単純にペイトン・マニングが嫌いだから」(米国保険)

このように拒否理由は多岐にわたり、しかも拒否率自体が低いため、特定の理由に対処しても売上成長への効果は限定的です。

これが意味すること:

  • 「なぜ嫌われているか」を調べるより「どうすれば知ってもらえるか」に投資すべき
  • ネガティブな口コミを過度に心配する必要はない
  • 認知拡大こそが成長の最大のレバー
  • 拒否理由への対処は投資対効果が低い

3. ダブルジョパディの法則:小さいブランドは二重に不利

「ダブルジョパディ(二重の危機)」とは、市場シェアの小さいブランドは、顧客数が少ないだけでなく、その顧客のロイヤルティも低いという法則です。1960年代に発見されて以来、消費財、小売銀行、保険、高級品、政治投票、自動車購入など、幅広いカテゴリで確認されています。

B2B市場でもこの法則は成り立っていました。

英国ビジネスバンキングのダブルジョパディ

銀行 B2B顧客率(%) 保有商品数 単独利用率(%) お気に入り率(%)
Barclays 41 5.7 27 31
HSBC 30 5.4 29 45
NatWest 25 4.9 27 32
Lloyds 25 5.0 34 39
Nationwide 21 3.9 5 31
Santander 19 3.4 24 34
Halifax 16 3.3 8 31
RBS 13 3.3 10 15
Metro 11 3.2 3 15
TSB 10 3.7 10 23
平均 21 4.2 18 30

大きなブランドほど顧客数が多く、その顧客は保有商品数も多い(=ロイヤルティが高い)。

米国ビジネス保険のダブルジョパディ

保険でも同様のパターンが見られます。以下は離脱可能性(0=離脱しない、10=確実に離脱)の平均スコアです:

傷害・健康保険 顧客率(%) 平均離脱可能性
Allstate 15 2.1
State Farm 15 2.7
Humana 8 2.5
Liberty Mutual 8 2.6
Progressive Commercial 8 3.1
AIG 7 3.4
商業用不動産保険 顧客率(%) 平均離脱可能性
Progressive Commercial 15 2.1
State Farm 15 2.5
AIG 10 3.3
Allstate 10 3.0
Farmers 8 3.3

興味深いのは、Progressive Commercialは傷害・健康保険では小規模で離脱可能性が高い(3.1)のに対し、商業用不動産保険では大規模で離脱可能性が低い(2.1)ことです。つまり、ロイヤルティは「ブランドの特性」ではなく「市場シェアの関数」なのです。

他のB2Bカテゴリでも確認されている

ダブルジョパディの法則は、以下のB2Bカテゴリでも確認されています:

研究 カテゴリ ダブルジョパディ成立
Bennett et al, 2018 航空機 グローバル はい
McCabe et al, 2013 冠動脈・尿管ステント 英国 はい
Pickford & Goodhardt, 2000 コンクリート 英国 はい
Michael & Smith, 1999 展示会参加(家具) 米国 はい
Bowman & Lele-Pingle, 1997 外国為替 カナダ、ドイツ、英国、米国 はい
Stern, 1994 処方薬 英国 はい
Uncles & Ehrenberg, 1990 航空燃料 欧州16空港 はい
Ehrenberg, 1975 航空燃料 アフリカ はい

これが意味すること:

  • 「ロイヤルティを高めて成長する」は幻想
  • 成長の道は一つ:より多くの顧客を獲得すること
  • ロイヤルティは市場シェアの「結果」であり「原因」ではない
  • ロイヤルティ指標には自然な上限がある。「ロイヤルティを50%向上させる」という目標設定は非現実的

4. 購買重複の法則:競合は「似ている会社」ではなく「大きい会社」

購買重複の法則(Duplication of Purchase Law)は、ブランドは競合他社の市場シェアに比例して顧客を共有する/獲得することを示しています。つまり、どの企業も、顧客を最も多く共有しているのは市場シェアの大きい競合であり、「自社と似たポジショニングの会社」ではないのです。

米国ビジネス保険の顧客共有パターン

以下の表は、各保険会社の顧客のうち、他社の顧客でもある割合を示しています(16の保険商品を対象):

顧客 浸透率(%) State Farm Allstate Geico Progressive Hartford Nationwide
State Farm 25 - 26 18 16 14 14
Allstate 23 27 - 25 15 14 19
Geico 17 26 34 - 22 15 23
Progressive 16 26 23 24 - 19 17
Hartford 15 22 21 17 19 - 16
Nationwide 13 26 33 29 20 18 -
平均 - 24 28 22 18 18 17

表の下段の平均を見ると、共有率は浸透率に沿って低下しています(相関93%)。どの会社の顧客ベースも、Travelers、AIG、Humanaよりも、State Farm、Allstate、Geicoと別のポリシーを持っている可能性が高いのです。

英国ビジネスバンキングの離脱・獲得パターン

経時的な顧客の流れを見ても、同様のパターンが見られます:

元顧客 大手への離脱(%) 中堅への離脱(%) 小規模への離脱(%)
大手銀行 62 20 18
中堅銀行 56 25 19
小規模銀行 70 12 18
平均 63 19 18
新顧客 大手からの獲得(%) 中堅からの獲得(%) 小規模からの獲得(%)
大手銀行 54 20 26
中堅銀行 58 25 17
小規模銀行 54 15 31
平均 55 20 25

どの規模の銀行も、大手銀行からより多くの新規顧客を獲得し、大手銀行へより多くの顧客を失っています。成長は、競合他社の規模に概ね比例して、すべての競合他社から新規顧客を獲得することで生まれます。

これが意味すること:

  • 「似たような小さい競合」に気を取られるな
  • 将来の新規顧客は、今は大手の顧客である可能性が高い
  • 大手競合のマーケティング活動にこそ注意を払うべき
  • 小規模な類似競合をターゲットにしても、獲得効率は上がらず、リターンが下がるだけ

5. メンタルアベイラビリティとフィジカルアベイラビリティ

成長のための2つのレバーは、B2Bでも変わりません。

メンタルアベイラビリティとは

Ehrenberg-Bass研究所は、メンタルアベイラビリティを「購買状況においてブランドが想起されたり、気づかれたりする傾向」と定義しています。言い換えれば、メンタルアベイラビリティが高いブランドは、関連する購買状況で「思い出しやすい」のです。

これは単純に聞こえますが、B2Bマーケターの思考方法を根本的に再構成する必要があります。具体的には、ブランド中心ではなく、顧客中心になる必要があります。

ブランド中心の考え方 顧客中心の考え方
顧客は私のブランドについて何を考えているか? 顧客はいつ私のブランドを考えるか?
広告が需要を生み出す ニーズが需要を生み出す
顧客は愛するブランドに忠実である すべてのブランドには買い手の感情の「正規」分布がある - ブランドを愛する少数、拒否する少数、時々買うのに十分良いと思う大多数
ターゲット属性と製品特性に基づいて競合を定義する カテゴリエントリーポイントが想起を形成し、各選択コンテキストで競合するブランドを定義する
私の仕事は顧客をファネルの下に移動させること ほとんどの顧客は、任意の時点でファネルにさえ入っていない、つまり市場にいない

カテゴリエントリーポイント

カテゴリエントリーポイント(CEP)とは、顧客がカテゴリに入る(購買を検討し始める)きっかけとなる状況やニーズのことです。以下のような要素があります:

  • Why(なぜ) - 動機と便益(例:昇進したい)
  • When(いつ) - タイミング(例:年度末)
  • While(何をしながら) - 同時活動(例:会議中)
  • How feeling(どんな気分で) - 感情(例:達成感を感じたい)
  • With/for whom(誰と/誰のために) - 他の人々(例:取締役会が承認する)
  • Where(どこで) - 場所(例:在宅勤務中)
  • With what(何と一緒に) - 同時購入カテゴリ(例:プライバシーソフトウェアと)

メンタルアベイラビリティを最適化するマーケティング戦略は、より多くの購買状況で、より多くの買い手の心の中に、より多くの認知を構築することで実現します。

フィジカルアベイラビリティとは

フィジカルアベイラビリティとは、実際に「買いやすい」状態のことです。販売チャネル、営業カバレッジ、製品ラインナップがこれに該当します。

この2つは互いに効果を増幅し合います。広告は、企業の販売拠点の近くにいない買い手に届いた場合、効果がありません。同様に、メンタルアベイラビリティがなければ、フィジカルアベイラビリティも活かせません。

Salesforceの成功事例:メンタルアベイラビリティの構築

「有名なのに成長が頭打ち」——Salesforceもかつてこの課題に直面していました。

誰もがSalesforceを聞いたことがある。Salesforceのクラウドロゴ、サンフランシスコのSalesforce Tower、世界最大の企業カンファレンス「Dreamforce」など、ブランドの何らかの側面に精通しています。

言い換えれば、Salesforceは有名です。Colin FlemingがSVP of Global Brandに就任したとき、すでに有名でした。売上は伸びており、かつての反骨的なスタートアップは「Die Software Die」キャンペーンで有名になり、CRMのマーケットリーダーとしての地位を確立していました。ブランド構築に関しては、やるべきことはほとんどないように見えました。

しかし調査の結果、「Salesforceが何を売っているか」を理解している人は少なかったのです。

Salesforceのグローバルブランド担当SVP、Colin Fleming氏は次のように述べています:

「ほとんどの人がSalesforceを聞いたことがあるが、私たちが彼らのビジネス成長にどう役立つかを知っている人は少ないことがわかりました。実際に認知の問題がありました。」

これは「一般的な認知」はあるが「状況的な認知(メンタルアベイラビリティ)」が不足している状態でした。一般的な認知は素晴らしいですが、それだけではブランドは構築されません。人々がブランドについて何を考えるかではなく、いつ考えるかが重要なのです。

Trailblazerキャンペーン

2019年に導入されたSalesforceのTrailblazerキャンペーンは、B2Bでブランドマーケターがメンタルアベイラビリティを構築する方法の最良の例です。

興味深いことに、Trailblazerキャンペーンの主人公であるAstro、Codeyなどのキャラクターは、もともとSalesforceのオンライン学習環境であるTrailheadで使用するために開発されました。時間が経つにつれ、Flemingとそのチームは、Trailheadコミュニティがこれらのキャラクターに親しみを持つようになっていることに気づきました。

「顧客がセーターやバックパックにAstroのピンをつけているのを見て、そこにチャンスがあることは明らかでした。ブランドを変革する必要があり、これらのキャラクターはその物語の大きな部分です...Astroと仲間たちは、製品についてストーリーを語り、顧客と感情的なつながりを作るのに役立っています。」

AstroとそのキャラクターたちはパワフルなブランドアセsSet)です。有名でユニークであり、Salesforceをいくつかのカテゴリエントリーポイント(CRM購買状況)と結びつけるのに役立っています。市場にいる買い手にも、市場にいない買い手にも響くストーリーテリング形式で。これにより、広告効果は露出後も長く残ります。

RMBメソッド

Trailblazerキャンペーンは、以下のRMBメソッドに従っていたため成功しました:

  • Reach(リーチ):広いセグメンテーションを使用して、カテゴリ内のすべての買い手にリーチする
  • Message(メッセージ):異なるカテゴリエントリーポイントにリンクするメッセージングを持つクリエイティブな広告を使用する
  • Brand(ブランド):想起を構築するために、強くブランディングされたメッセージングを持つ独自のブランドアセットを使用する

Trailblazerキャンペーンは、Salesforceを主要なCRM購買状況にリンクすることでメンタルアベイラビリティを構築し、マインドシェアがマーケットシェアを駆動することを証明しました。Fleming氏自身の説明によると:

「他の大企業と同様に、ブランド指標を測定しており、新しいルック&フィールとキャラクターを採用して以来、数字はほぼ2倍になりました。1、2年の間、私は戦略的な営業会議から敬遠されていました - Astroとクマのコーディを会議に持ち込む人でしたから。ブランド指標とビジネス実績に結果が出てから、ダイナミクスは変わりました。」

B2Bマーケターへの実践的アドバイス

やるべきこと

  1. 認知拡大への投資:「嫌われているから売れない」ではなく「知られていないから売れない」と考える。拒否率は10%程度だが、非認知率は50-80%にも達する。
  2. 長期的なブランド構築:95%の潜在顧客は今は買わない。将来の購買時に想起されるための記憶構築に投資する。広告は「今すぐ買わせる」ためではなく「記憶にリンクを作る」ために機能する。
  3. 広いリーチの確保:ターゲティングを狭めすぎず、カテゴリバイヤー全体にリーチする。今は市場にいない人々に広告を出すことで、彼らが市場に入ったときに馴染みのあるブランドになる。
  4. 強いブランディング:競合顧客を獲得するためには、彼らの注意を引く明確で一貫したブランド要素が必要。将来の新規顧客のほとんどは現在大手ブランドの顧客であり、少なくとも1つの大手競合のマーケティング活動に注目する傾向がある。
  5. 新規顧客獲得へのリソース配分:既存顧客だけでなく、非顧客へのアプローチにも予算と営業リソースを配分する。マーケティング計画を見直し、自社の顧客ベースだけに向けた施策と、より広いカテゴリバイヤーにリーチする施策の配分を確認する。
  6. カテゴリエントリーポイントの理解:顧客が市場に入るきっかけとなる状況やニーズを理解し、それらとブランドを結びつける。
  7. エビデンスに基づいたKPI設定:ダブルジョパディの法則により、ロイヤルティ指標には自然な上限がある。「ロイヤルティを50%向上」という非現実的な目標ではなく、市場シェアに応じた現実的なKPIを設定する。

やめるべきこと

  1. ロイヤルティ施策への過度な期待:ロイヤルティは市場シェアの結果であり、原因ではない。ロイヤルティ/リテンションによる成長は、単に実行可能な成長モデルではない。
  2. 小さな類似競合への過剰反応:脅威は「似ている会社」ではなく「大きい会社」。小規模ブランドは、たとえ自社と非常に似ていても、通常はマイナーな競合に過ぎない。
  3. ネガティブイメージの払拭に注力:拒否率は低く、拒否理由も多岐にわたる。特定の理由への対処は投資対効果が低い。「なぜ人々がブランドを嫌うかもしれない」と想像するのをやめ、代わりに購買時にブランドが想起されるようメンタルアベイラビリティの構築に集中する。
  4. 短期リードだけを追う:95%の潜在顧客を無視することになる。1四半期にすべての予算を使い切ると、残りの年は広告が出せず、そのときに市場にいる他のすべての買い手にリーチできない。
  5. 購買バリアの想像:「拒否の理論」を前提とした調査設計や結果解釈は、自己成就的予言になりかねない。「なぜ買わないか」を調べるより「どうすれば知ってもらえるか」を調べる。

まとめ:B2Bでも「ブランディングの科学」は有効

「B2Bは特殊だから」という言い訳は、もう通用しません。

Ehrenberg-Bass研究所の実証研究は、以下のことを明らかにしました:

  • ダブルジョパディの法則はB2Bでも成り立つ - 小さいブランドは顧客数が少なく、ロイヤルティも低い
  • 成長の道は新規顧客獲得である - ロイヤルティ向上ではない
  • ブランド拒否より非認知が問題 - 拒否率は約10%、非認知率は50-80%
  • 競合は類似企業ではなく大手 - 将来の新規顧客は今は大手の顧客
  • 95%は今すぐ買わない - 広告は記憶構築のための長期投資
  • メンタルアベイラビリティとフィジカルアベイラビリティが成長の鍵

B2Bマーケターの皆さん、これでようやく「エビデンス」を手に入れました。

経営陣や営業部門との議論で、「B2Cの話でしょ」と言われたら、このデータを見せてください。ビジネスバンキングや保険という、まさにB2Bの代表的なカテゴリで検証された結果です。航空機、コンクリート、処方薬、航空燃料、外国為替など、他のB2Bカテゴリでも同様の法則が確認されています。

ブランド投資は、B2Bでも有効です。むしろ、購買サイクルが長いB2Bだからこそ、購買の95%のタイミングで記憶を構築するブランド投資が重要なのです。

ダブルジョパディの法則は、成長への明確な道を示しています。それによって、成功しやすい戦略的・戦術的オプションに集中することができます。

参考文献