BtoBマーケティングで成果を上げる「利用可能性ヒューリスティック」活用法

Psychology in BtoB Marketing

BtoBの購買決定を左右する「記憶」の力
利用可能性ヒューリスティックの活用

論理的な判断の裏側に潜む「思い出しやすさ」という直感。 数百万円の投資を決めるのは、データだけでなく「安心感」という感情です。

「BtoBは理性的」という定説を覆す、人間心理の本質。 なぜ顧客は、スペックが同等なら「よく知っている企業」を選ぶのか? そのメカニズムと、明日から使える実践的なマーケティング手法を紐解きます。

Original Paper

Availability: A heuristic for judging frequency and probability

著者:Amos Tversky & Daniel Kahneman (1973)

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利用可能性ヒューリスティックとは?

脳の「ショートカット」

人は意思決定をする際、すべての情報を検討するのではなく、「思い出しやすい情報」を優先的に使って判断してしまう心理傾向のことです。

「頭に浮かびやすい = 重要で頻度が高い」と脳が勘違いしてしまいます。
1

鮮明なインパクト

強烈なストーリーやビジュアルは記憶に残りやすい

2

接触の頻度

何度も目にするものは、無意識に「正解」だと感じる

3

身近な体験談

膨大なデータより、知り合いの1回の感想が勝る

なぜBtoBで重要なのか?

——「失敗できない」からこそ直感に頼る ——

高いリスクへの不安

失敗時の経済損失が大きいため、最後は「知っている安心感」が決め手になります。

多層的な合意形成

上司や他部署を説得する際、「有名なあの会社なら」という共通認識が武器になります。

57%の意思決定済み

営業に会う前に情報は調べ尽くされるため、最初の「想起候補」に残れるかが勝負です。

実践:BtoBマーケティング活用法

1. 徹底した反復接触

記憶の定着を促す

  • ビジネスSNSでの定期的な情報発信
  • 業界誌や展示会への継続的な露出
  • リターゲティング広告の活用

2. ソートリーダーシップ

「専門家」として記憶される

  • 業界のトレンドレポートを定期発行
  • 経営者や専門家による寄稿・登壇
  • 独自の調査データの公開

3. 具体的で鮮明な事例

感情を動かすストーリー

  • 数値だけでなく「顧客の苦労と成功」を描く
  • 第三者によるレビューや口コミの収集
  • 業界誌でのタイアップ記事掲載

4. 有益コンテンツの配信

信頼を積み上げる

  • ホワイトペーパーや事例集の無料配信
  • 月1〜2回の定期的なメールマガジン
  • 課題解決に直結するウェビナー開催

実践時の注意点:誠実さを忘れない

利用可能性ヒューリスティックは強力ですが、過度な演出や誇大広告は逆効果です。薬機法や景品表示法などのコンプライアンスを遵守し、常に根拠(エビデンス)に基づいた情報提供を行うことが、長期的な信頼につながります。

まとめ:選ばれる企業になるための3原則

01

真っ先に思い出される

検討の土台に上がるために、記憶の1ページ目を確保しましょう。

02

価値ある接触を続ける

単なる露出ではなく、相手の課題を解決する情報を届け続けましょう。

03

誠実さで信頼を築く

「この会社なら安心」という確信こそが、最後の一押しになります。

「論理」を磨き、「記憶」に寄り添う。
それが、現代BtoBマーケティングの成功方程式です。

「BtoBの購買決定は論理的で合理的である」——これはマーケティング業界でよく言われる定説です。しかし、実際のところはどうでしょうか?

数百万円から数億円規模の投資判断を行うBtoB企業の意思決定者も、結局は「人間」です。どれだけデータを集めても完璧な判断は難しく、最後の決め手となるのは「信頼感」「安心感」といった感情的な要素であることが少なくありません。

実際、HubSpotの調査によれば、BtoB購買担当者が営業担当者に訪問してほしい理由の上位は「誠意」「安心感」「上司の納得」といった、およそ合理的とは言えない理由が並んでいます。

こうしたBtoB購買における心理的要因を理解し、効果的に活用するために注目されているのが「利用可能性ヒューリスティック」です。本記事では、この心理効果の基礎から、BtoBマーケティングでの具体的な活用方法まで、実践的に解説していきます。

利用可能性ヒューリスティックとは?

基本概念

利用可能性ヒューリスティック(Availability Heuristic)とは、人が意思決定を行う際に、思い出しやすい情報や記憶に残っている情報を優先的に判断材料にしてしまう心理的なショートカットのことです。

この概念は、ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルスキーによって1970年代に提唱され、行動経済学の重要な理論の一つとなっています。

簡単に言えば、「頭に浮かびやすいものは、重要で頻度が高いに違いない」と脳が判断してしまう傾向です。

具体例で理解する

例えば、スーパーで複数の似たような商品が並んでいる中から選ぶとき、あなたは何を基準に選びますか?多くの人は「よくCMで見る商品」「いつも買っている商品」を無意識に手に取ります。これが利用可能性ヒューリスティックです。

BtoBの場面でも同様です。ITシステムの導入を検討している企業が、複数のベンダーから提案を受けたとします。機能や価格が同程度であれば、「最近よく展示会で見かけた企業」「業界誌でよく記事を見る企業」を選びやすくなるのです。

利用可能性ヒューリスティックが働く3つの要因

この心理効果が発生する要因は、主に以下の3つです。

  1. 記憶時のインパクト:頻繁に目にする情報、鮮明な印象を持つ情報、ストーリー性のある情報は記憶に残りやすく、思い出されやすくなります。
  2. 記憶から優先的に探される情報:人間の脳は効率を重視するため、「とりあえずよく知っているもの」「いつものもの」を優先的に選択します。
  3. 身近な人からの具体的な話:統計データよりも、実際に知人から聞いた体験談の方が記憶に残り、判断に影響を与えます。これは口コミやレビューが重視される理由でもあります。

なぜBtoBマーケティングで有効なのか

BtoB購買の特殊性

BtoB商材の購買には、以下のような特徴があります。

  • 高額取引:数百万円から数億円規模の投資判断
  • 長期検討:平均79日、100日を超えることも珍しくない
  • 複数関係者:現場担当者、部門長、経営層など多層的な意思決定
  • 高いリスク:導入失敗時の経済的損失が大きい

このような状況下では、購買担当者は「失敗したくない」という心理が強く働きます。そのため、いくら論理的に優れた提案でも、最後の一押しとなるのは「この会社なら安心できる」「よく見かける企業だから信頼できる」といった感情的な判断なのです。

デジタル時代の購買行動

現代のBtoB購買において重要なのは、意思決定の57%が営業担当者との商談前に完了しているという事実です。

購買担当者は営業と会う前に、インターネットで徹底的に情報収集を行います。この段階で「候補として認識されるか」「記憶に残っているか」が、その後の商談に大きく影響します。

つまり、利用可能性ヒューリスティックを活用し、購買検討の早い段階から「よく見かける企業」「記憶に残る企業」になることが、BtoBマーケティングの成功には不可欠なのです。

BtoBマーケティングでの具体的活用方法

1. 認知拡大施策:反復接触による記憶の定着

同じメッセージやビジュアルを繰り返し表示することで、見込み客の記憶に自社ブランドを刻み込みます。「この分野といえばA社」という連想を作り出すことが目標です。

この際、単純接触効果(ザイオンス効果)との相乗効果が期待できます。何度も接触することで警戒心が薄れ、親近感が生まれ、利用可能性ヒューリスティックがより強く働くようになります。

具体的施策例:

  • ターゲット企業の意思決定者が見るメディアへの継続的な広告出稿
  • LinkedIn、Sansan、Eightなどビジネス特化SNSでの定期投稿
  • 業界誌への連載記事掲載
  • 展示会への継続出展

2. コンテンツマーケティング:専門性と信頼性の構築

見込み客に有益な情報を継続的に提供することで、「この分野の専門家」として記憶に残ります。課題解決のための情報を探しているとき、真っ先に思い出される存在になることが重要です。

主な施策:

  • ホワイトペーパー・事例集の配信
  • ウェビナー・セミナーでの定期接触
  • メールマーケティング(週1回または月2回程度のペースで価値ある情報を提供)

3. ソートリーダーシップの確立

業界のオピニオンリーダーとしての地位を確立すると、「業界のことならあの会社」という印象が形成されます。これがハロー効果と組み合わさり、「業界リーダー=信頼できる=選ぶべき企業」という連想を生み出します。

具体的施策:

  • 経営者・専門家による業界メディアへの寄稿
  • 自社主催の業界カンファレンス開催
  • 業界動向レポートの定期発行
  • 調査データの公開と記者発表

4. 口コミ・第三者評価の活用

統計データよりも、実際の導入企業からの具体的な成功事例の方が記憶に残り、判断に影響を与えます。これはウィンザー効果(第三者からの情報は信頼されやすい)との相乗効果も期待できます。

主な施策:

  • 導入事例・お客様の声の掲載
  • ITreview、BOXILなどのBtoB向けレビューサイトでの高評価獲得

実践時の注意点とリスク管理

法的コンプライアンスの遵守

利用可能性ヒューリスティックを活用する際は、法律違反にならないよう細心の注意が必要です。

薬機法への配慮:たとえ実際の体験談であっても、「この製品で○○が改善した」といった効果効能を謳うような表現は薬機法違反になる可能性があります。

景品表示法への配慮:過度な演出や根拠のない最上級表現(「業界No.1」など)は、不当表示として問題になる可能性があります。

誠実性の維持

利用可能性ヒューリスティックを意識しすぎて、誇大広告や過度な演出を行うと、かえって不信感を招きます。あくまで誠実で正確な情報提供を心がけましょう。

主張には必ず根拠を示すことが重要です。データや事実に基づかない情報は、短期的には効果があっても、長期的には企業の信頼を損ないます。

バランスの取れたアプローチ

心理効果に頼りすぎず、製品・サービスの本質的な価値向上にも注力することが大切です。利用可能性ヒューリスティックは「最後の一押し」であり、根本的な競争力の代替にはなりません。

他の心理効果との組み合わせ

利用可能性ヒューリスティックは、他の心理効果と組み合わせることでより強力になります。

心理効果 概要 利用可能性ヒューリスティックとの関係
ザイオンス効果(単純接触効果) 繰り返し接触することで好意度が高まる 反復接触が利用可能性ヒューリスティックを誘発
ハロー効果 一つの優れた特徴が全体評価に影響 業界リーダーイメージが判断の短絡化を促進
感情ヒューリスティック 感情に基づいて判断する傾向 親近感・信頼感が記憶想起を後押し
ウィンザー効果 第三者からの情報は信頼されやすい 口コミ・レビューの記憶定着を強化

今日から始められるアクションプラン

STEP1:現状分析

  • 自社は見込み客の記憶に残っているか?
  • 競合と比較して接触頻度は十分か?
  • どのチャネルで認知されているか?

STEP2:施策の優先順位付け

  • 予算と工数を考慮し、実施可能な施策をリストアップ
  • 短期(3ヶ月)・中期(6ヶ月)・長期(1年)で計画

STEP3:継続的な実行と測定

  • ブランド認知度調査の定期実施
  • Webサイトへの指名検索流入の測定
  • 商談時の「どこで知りましたか?」のヒアリング

STEP4:PDCAサイクルの実施

  • 効果測定に基づく改善
  • より記憶に残るメッセージやビジュアルへの最適化

まとめ

利用可能性ヒューリスティックは、BtoBマーケティングにおいて非常に有効な心理効果です。「論理的・合理的」と思われがちなBtoB購買も、実は感情や記憶に大きく影響を受けています。

重要なポイント:

  • 思い出されやすい企業になることが、購買決定の鍵
  • 継続的な接触と価値ある情報提供が基本戦略
  • 法的コンプライアンスと誠実性を守ることが大前提
  • 他の心理効果と組み合わせることで効果が倍増

デジタル時代のBtoB購買において、営業接触前の57%の意思決定に影響を与えるためには、見込み客の記憶に残り、選択肢として想起される存在になることが不可欠です。

利用可能性ヒューリスティックを正しく理解し、誠実に活用することで、あなたの会社も「この分野といえばあの会社」と真っ先に思い出される存在になれるはずです。

まずは自社の現状を分析し、できることから始めてみましょう。継続的な取り組みが、必ず成果につながります。

参考書籍

ディスカバリー社会心理学

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