デジタル顧客体験(DCX)とは?CXとの違いと競争優位につなげる方法

    製品スペックでは差がつかない。価格を下げれば利益が消える。多くのBtoB企業が、この行き止まりに立っています。

    そこで持ち出されるのが「顧客体験(CX)」であり、そのデジタル版としての「DCX」です。しかし、ここで先に結論を述べておきます。デジタル化そのものは、競争優位になりません。サイトを刷新しても、競合は半年後に同じことができます。模倣できるものは、定義上、持続的な優位を生みません。

    DCXが競争優位に変わるのは、蓄積性・埋め込み性・可視性という3つの条件が揃ったときだけです。この記事では、次の3点を扱います。

    • DCXとは何か。CX・DXとどう違うのか
    • BtoBの顧客体験が、BtoCと構造的に異なる4つの理由
    • DCXが競争優位に変わる3条件と、自社の現在地を測る成熟度モデル

    デジタル顧客体験(DCX)とは?

    定義

    DCX(Digital Customer Experience)とは、顧客がデジタル上の接点を通じて企業と関わる、すべての体験の総体である。

    対象は、Webサイト、会員ポータル、アプリ、メール、チャット、オンラインマニュアル、動画、ダウンロード資料、申請フォームまで含みます。

    ここで重要なのは、DCXが「Webサイトのデザイン品質」を指す言葉ではない、という点です。DCXは点ではなく線です。製品を知り、比較し、契約し、使い、困り、更新するまでの一連の流れ全体を、顧客の側から見たものがDCXです。

    したがって、「トップページが美しいが、契約後にマニュアルを探すのに5分かかる」サイトのDCXは、低いと評価されます。

    なぜ今、DCXが語られるのか

    背景は3つです。

    1. 製品の同質化。機能とスペックの差は縮まり、カタログを並べても違いを説明しにくくなりました。残る差別化軸は、価格か、それ以外の何かです。
    2. 購買行動の変化。検討プロセスの相当部分は、顧客が営業担当者と会っていない時間に進みます。自社サイトを見て、資料を読み、社内で議論する。その時間帯に企業が提供できるのは、デジタル上の体験だけです。
    3. 人手不足。「担当者が手厚く対応する」体験は、顧客数に比例して人員が必要です。事業が伸びるほど、体験の質は薄まります。

    CXとDCXは何が違うのか

    対立概念ではなく、包含関係

    最初に誤解を解いておきます。CXとDCXは対立しません。DCXはCXの部分集合です。

    CX(顧客体験) 顧客が企業と関わる、あらゆる接点での体験 対面営業 電話 展示会 訪問・打ち合わせ 郵送カタログ DCX(デジタル顧客体験) デジタル接点における体験の総体 Webサイト 会員ポータル メール・チャット 動画・マニュアル 資料ダウンロード 見積・発注の申請 DCXはCXの部分集合であり、対立する概念ではない
    図①:CXとDCXの包含関係。「DCXを重視する」とは対面をやめることではなく、CX全体のうちデジタルが担う面積の拡大に対応することを意味する。

    「DCXを重視する」とは、「対面をやめる」ことではありません。CX全体のうち、デジタルが担う面積が急速に広がっているという事実に対応する、ということです。

    比較表

    観点 CX(顧客体験) DCX(デジタル顧客体験)
    範囲 対面・電話・展示会・デジタルのすべて デジタル接点に限定
    主体 人(営業・サポート担当者) 仕組み(サイト・ポータル・データ)
    再現性 担当者の力量に依存する 標準化でき、再現できる
    スケール 人員数に比例する 人員数に比例しない
    可視化 記録が残りにくい すべての行動がデータとして残る

    最終行を覚えておいてください。これが後述する「競争優位」の論拠になります。

    DXとDCXの違い

    もう一つ、混同されやすい言葉があります。

    • DX:企業側の変革。業務プロセス、組織、ビジネスモデルをデジタルで作り替えること
    • DCX:顧客側から見た体験。顧客が何を感じ、どれだけ楽に目的を達成できたか

    主語が違います。DXの主語は自社、DCXの主語は顧客です。

    「基幹システムを刷新してDXを推進したが、顧客は何も嬉しくない」という現象が起きるのは、DXの主語が最後まで自社のままだったときです。DXの成果が顧客に届いて初めて、DCXが向上します。

    BtoBのDCXは、BtoCと何が違うのか

    顧客体験に関する記事の多くは、BtoCの事例で語られます。しかしBtoBの顧客体験には、構造的に異なる4つの特徴があります。ここを踏まえないと、施策が空振りします。

    ① 体験の主戦場は「契約後」にある

    BtoCは購入した瞬間に取引が完結します。BtoBでは、契約は関係の始まりです。

    契約期間は数年に及びます。その間、顧客は繰り返し発注し、仕様を確認し、トラブル時に問い合わせます。この日常的な体験の積み重ねが、更新の可否を決めます。

    つまりBtoBのDCXにおいて、投資対効果が最も高いのは、購入前の華やかなサイトではなく、契約後に毎週使われる画面です。

    ② 意思決定者と、実際の利用者が違う

    契約を決裁するのは役員や部長ですが、日々その製品やサイトを使うのは現場の担当者です。

    現場が「使いにくい」「毎回メールで聞くしかない」と感じていれば、その不満は更新のタイミングで表面化します。決裁者は現場に意見を求め、そこで乗り換え候補が挙がります。決裁者に向けた体験と、利用者に向けた体験は、別々に設計する必要があります。

    ③ 担当者は、いずれ交代する

    BtoBの営業では、担当者同士の人的関係が価値を持ちます。しかしその関係は、どちらかの担当者が異動・退職した瞬間に消えます。このとき、何が残るでしょうか。

    長年の付き合いで蓄積された「あの会社は融通が利く」という感覚は、担当者の頭の中にあり、引き継がれません。一方で、過去の発注履歴が参照でき、マニュアルがいつでも見られ、問い合わせ履歴が残っているポータルは、担当者が代わってもそのまま機能します。

    人に紐づく体験は継承されず、仕組みに紐づく体験だけが残る。これがBtoBでデジタル化が効く、最も本質的な理由です。

    ④ 体験を毀損するのは「感動の不足」ではなく「摩擦」

    BtoCのCXは、しばしば「感動体験」として語られます。BtoBは違います。顧客が不満を感じるのは、感動しなかったときではありません。探す手間と、待つ時間が発生したときです。

    • 最新の価格表がどこにあるか分からない
    • 型番を調べるために営業担当者にメールし、返信を翌日まで待つ
    • 過去に受け取った資料を、自分のメールボックスから発掘する

    BtoBのDCX改善とは、感動を足すことではなく、摩擦を引くことです。

    なぜDCXが「競争優位」になるのか──3つの条件

    前提:UIを綺麗にしても、競争優位にはならない

    ここで、多くの記事が言わないことを述べます。

    サイトのデザイン刷新は、競争優位を生みません。デザインは模倣できるからです。優れたUIを見た競合は、それを参考に半年後には同等のものを作ります。模倣可能なものは、持続的な競争優位の定義から外れます。

    「DCXに投資したのに、差別化につながらない」という企業は、たいてい模倣可能な領域にだけ投資しています。では、何が模倣困難なのか。3つの条件です。

    競争優位を生む3つの条件

    ① 蓄積性 使うほどデータが貯まる ② 埋め込み性 顧客の業務が乗っている ③ 可視性 体験の質を測り、改善できる 持続的 競争優位 1つでも欠ければ、競合に模倣される
    図②:DCXが持続的競争優位に変わる3条件。デザイン刷新はいずれの円にも入らないため、模倣される。
    条件 意味 なぜ模倣困難か
    ① 蓄積性 使われるほどデータが貯まり、体験の精度が上がる データは買えない。蓄積には時間がかかる
    ② 埋め込み性 顧客の業務フローの一部になっている 乗り換えに業務変更が伴う。スイッチングコストが生じる
    ③ 可視性 体験の質をデータで測り、改善を回せる 改善サイクルの速度差は、組織能力の差

    ① 蓄積性──データは、あとから買えない

    顧客がポータルで何を閲覧し、どの資料をダウンロードし、どの動画を最後まで見たか。それが蓄積されると、次に提示すべき情報の精度が上がります。

    競合がゼロから同等のポータルを構築しても、あなたの顧客の3年分の行動データは持っていません。仕組みは模倣できても、蓄積は模倣できません。

    ② 埋め込み性──業務が乗っているか

    顧客が毎月の発注をポータル上で行っているなら、他社への乗り換えは、単なるサイトの変更ではなく、業務手順そのものの変更を意味します。現場は反対します。

    逆に、ポータルが「たまに資料を取りに行く場所」でしかないなら、乗り換えコストはゼロです。カタログを置いただけのポータルは、埋め込まれていません。

    ③ 可視性──測れるものだけが、改善できる

    対面営業では、顧客がどこで迷い、何を諦めたかは分かりません。デジタル接点では、離脱したページも、検索して見つからなかったキーワードも、すべて記録されます。

    この記録があるかどうかで、改善サイクルの速度が変わります。年に1回の顧客アンケートで方針を決める企業と、毎週の行動データで仮説を検証する企業では、3年後に埋めがたい差がつきます。

    3条件を満たさない投資の例

    自社の投資を、次の観点で点検してください。

    • サイトのリニューアルだけ。何も蓄積されない
    • 匿名のアクセス解析だけ。「誰が」見たか分からず、可視性が偽物である
    • FAQを設置したが使われていない。業務に埋め込まれていない
    • 問い合わせフォームがゴールになっている。顧客の摩擦を減らしていない

    DCX成熟度モデル──自社の現在地を測る

    DCXは、ゼロか100かではありません。段階があります。次の5段階のうち、自社がどこにいるかを確認してください。

    Lv.0 紙・電話・FAX Lv.1 情報公開 Lv.2 会員化 競合も到達できる 社内合意の壁 Lv.3 業務接続 埋め込み性が生まれる Lv.4 データ活用 先回りできる 担当者に聞かないと分からない 顧客の業務がポータルの上に乗る
    図③:DCX成熟度モデル。レベル2(会員化)は競合も到達できる。レベル3(業務接続)との間にある社内合意の壁を越えたときにだけ、埋め込み性が生まれる。
    レベル 状態 顧客から見た体験 蓄積性 埋め込み性 可視性
    0 紙・電話・FAX 担当者に聞かないと何も分からない × × ×
    1 情報公開 Webに製品情報がある。誰が見たかは不明 × ×
    2 会員化 ログインすれば資料や価格が見られる
    3 業務接続 発注・見積・サポートがポータル上で完結する
    4 データ活用 顧客の行動から、先回りして提案が届く

    最大の壁は「レベル2 → 3」

    レベル1から2への移行は、情報設計の問題です。会員機能を導入し、誰が何を見たかを記録できるようにする。ここまでは、比較的短期間で到達できます。

    問題はその先です。レベル2は、競合も到達できます。資料が会員限定になっているだけのポータルは、いずれ同質化します。

    レベル3は、顧客の業務がポータルの上に乗った状態です。ここで初めて「埋め込み性」が生まれ、乗り換えコストが発生します。

    そしてレベル2から3への移行は、技術の問題ではなく、社内合意の問題です。発注業務をWebに載せるには、営業部門と受注管理部門の業務フロー変更が必要になります。だからこそ、越えた企業が優位に立ちます。

    レベル4は「先回り」

    誰が、いつ、何を見たかが分かれば、次のような判断ができます。

    • ある顧客のポータル利用が3か月間ゼロ。解約の予兆として、先に接触する
    • 契約外の製品ページを繰り返し閲覧している。拡販の機会として、提案を持ち込む

    顧客が問い合わせてくる前に動けること。これがレベル4の価値です。

    DCXをどう測るか──稟議に書ける指標

    「顧客体験を良くします」という稟議は通りません。測定指標が必要です。

    BtoBで最も重要な指標は「顧客の努力量」

    指標 何を測るか BtoBでの使いどころ
    CES(Customer Effort Score) 目的を達成するのにどれだけ手間がかかったか 最推奨。BtoBの体験を毀損するのは摩擦だから
    NPS(Net Promoter Score) 他者への推奨意向 経年比較には有効。単発では施策に結びつきにくい
    自己解決率 問い合わせずに解決できた割合 サポート工数と直結し、稟議に書きやすい
    ポータル利用率 契約企業のうち実際に使っている割合 埋め込み性の代理指標
    解約率・更新率 最終成果 遅行指標。他の指標と併用する

    先に述べたとおり、BtoBの顧客が不満を抱くのは摩擦が生じたときです。したがって「どれだけ感動したか(NPS)」より、「どれだけ楽だったか(CES)」のほうが、改善に直結します。

    稟議を通すための組み立て方

    DCX投資の効果は、必ず守りと攻めの両輪で示してください。

    守り(コスト削減)

    • 問い合わせ件数の削減
    • 資料送付・価格表送付の作業時間削減
    • サポート対応工数の削減

    攻め(売上貢献)

    • ポータル経由で検知した商談化の件数
    • アップセル・クロスセル機会の検知数
    • 更新率・継続率の改善

    守りだけでは「その程度の削減額なら現状維持でよい」と言われます。攻めだけでは「絵に描いた餅だ」と言われます。1枚の資料に両方を並べたときにだけ、DCX投資は承認されます。

    DCXを競争優位に変える3ステップ

    STEP1. 接点を棚卸しする

    契約前・契約中・契約後の3フェーズで、顧客がどこで何に困っているかを書き出します。ここで手を動かさずに施策を選ぶと、必ず「作ったが使われないもの」ができます。

    具体的な接点の設計方法は、別記事「顧客接点(タッチポイント)を強化する方法と具体例」で解説しています。

    STEP2. 摩擦の大きい接点からデジタル化する

    優先順位は、感動を生めそうな場所ではありません。「探している」「待っている」が発生している場所です。多くのBtoB企業では、それは「価格表を探す」「マニュアルを探す」「担当者の返信を待つ」の3つです。

    STEP3. 行動データを蓄積し、改善と先回りに使う

    デジタル化のゴールは、業務を移すことではありません。移した結果、誰が何をしたかが見えるようになることです。そのデータが、レベル4への入口になります。

    toviraが提供するデジタル顧客体験

    [要確認:以下は自社製品の記述です。機能名・提供プラン・料金・リンク先URLを公開前に確認し、料金には「◯年◯月時点」と料金ページへのリンクを付与してください]

    toviraのカスタマーポータルは、本記事で述べた3条件に対応する構造を持っています。

    • 蓄積性:会員が閲覧・ダウンロード・視聴した行動が、実名の顧客データとして蓄積される
    • 埋め込み性:製品情報、FAQ、資料、動画、見積・発注の申請までを1か所に集約し、顧客の日常業務を載せる
    • 可視性:誰がいつ何を見たかが記録され、熱量の高い顧客と、離れつつある顧客の両方が見える

    匿名のアクセス解析では、可視性は得られません。「誰が」見たかが分かって初めて、体験の改善も、先回りの提案も可能になります。

    よくある質問

    CXとDCXの違いは何ですか?

    DCXはCXの部分集合です。CXは対面・電話・展示会を含む顧客体験全体を指し、DCXはそのうちデジタル接点における体験を指します。対立する概念ではありません。

    DXとDCXはどう違いますか?

    主語が違います。DXは企業側の変革(プロセス・組織・ビジネスモデル)であり、DCXは顧客側から見た体験です。DXを進めても顧客の体験が変わらなければ、DCXは向上していません。

    サイトを綺麗にするだけでは差別化にならないのですか?

    なりません。デザインは競合が模倣できるためです。差別化を生むのは、データの蓄積性、顧客業務への埋め込み性、体験の可視性という、模倣に時間がかかる3つの条件です。

    BtoBは営業担当者との関係が重要です。デジタル化で関係が薄まりませんか?

    薄まるのは、デジタルを対面の代替として使った場合です。実際には逆で、顧客の担当者が交代したとき、人的関係は継承されませんが、仕組みに蓄積された体験は残ります。デジタルは関係を置き換えるのではなく、関係が途切れたときの土台になります。

    DCXの効果はどう測ればいいですか?

    BtoBではCES(顧客努力指標)を推奨します。あわせて、自己解決率とポータル利用率を守りの指標、商談化件数を攻めの指標として並べると、稟議で説明しやすくなります。

    何から始めればいいですか?

    顧客が「探している」「待っている」接点を特定することから始めてください。多くの場合、価格表・マニュアル・担当者の返信待ちの3つです。

    まとめ

    デジタル顧客体験(DCX)とは、顧客がデジタル接点を通じて企業と関わる体験の総体であり、CXの部分集合です。そして、DCXへの投資が競争優位に変わるのは、次の3条件が揃ったときだけです。

    1. 蓄積性。使われるほどデータが貯まり、体験の精度が上がる
    2. 埋め込み性。顧客の業務フローの一部になっている
    3. 可視性。体験の質をデータで測り、改善を回せる

    サイトを刷新しただけでは、この3条件は1つも満たされません。逆に、顧客の業務が乗り、行動が記録され、それが改善に還っている状態は、競合が数年かけても追いつけない資産になります。

    自社の現在地は、成熟度モデルのどこでしょうか。レベル2(会員化)とレベル3(業務接続)の間にある壁を越えられるかどうかが、これからの数年を分けます。

    出典・参考

    CES(Customer Effort Score)、NPS(Net Promoter Score)は、いずれも一般に用いられる顧客体験指標です。記事内で定義以上の統計値・調査データを引用する場合は、必ず一次情報の出典リンクを付与してください。本稿では、出典を確認できない統計値は使用していません。

    編集者:

    中川 晃次

    再生ファンド傘下の複数企業にて、マーケティングディレクターとして事業再生を牽引。戦略立案から実行まで一貫して手がけ、ECサイトにおいては売上前年比150%成長を5年連続で達成した実績を持つ。現在はマーケティングSaaS「tovira」の開発に加え、BtoB領域のマーケティングコンサルティングを通じて、企業の持続的な成長を支援している。

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